9月29日に明るみに出た日産自動車による無資格検査問題。現在、外部有識者で構成された第三者委員会によって社内調査が行われている。同じ問題が、スバルでも発生していた事実が明らかになり、神戸製鋼所で発生した問題と合わせ、日本におけるものづくりの信頼性が揺らいでいる。今回の大手企業で発生した不祥事は、これまでサプライヤーに対して「サプライチェーンを止めるな」と管理を強いてきたにもかかわらず、自らがサプライチェーンを断絶させてしまった事態だ。
日産自動車では、無資格検査問題が明るみに出た後も一部工場で不正が継続した。事態を重く見て国内向けの自動車の出荷を停止し、事実関係の究明と再発防止の徹底を図った。10月30日時点で、自動車出荷再開のめどは立っていない。
そんな中、26日には自動車部品大手のカルソニックカンセイが、日産自動車の出荷停止の影響によって発生した、追浜工場の生産停止に伴う費用請求の検討を明らかにした。出荷停止が長期化すれば、人件費や機会損失などの補償を求める方針だ。両社は資本関係がなくなっているものの、実際の取引では依然として関係が深く、カルソニックカンセイにとっては依然日産自動車は大口顧客だ。この段階で費用請求の可能性を明言する背景にどんな事情があるのか。
好調だった日産自動車の業績
30日、日産自動車は9月の国内生産実績が、前年同期比27.4%増の9万9026台と、14カ月連続の増加であることを発表した。輸出も8.5%増加しており、無資格検査問題さえなければ、日産自動車の生産は好調を維持しただろう。好調な生産を支えるためには、部品メーカーからの円滑な部品供給が欠かせない。まして、これまで日産自動車の連結対象子会社であり、大口のサプライヤーであるカルソニックカンセイの担う責任は大きい。当然ながら、その責任を全うしようとしていたのは間違いない。
カルソニックカンセイは、日産自動車への費用請求を明言する前、従業員が有給休暇を消化し仕事量の減少に対応していた。しかし、依然として出荷再開のめどが立たない中で、社内の自助努力では対応しきれない可能性が高いと判断したのであろう。
日産自動車から見れば部品費は変動費であり、購入しなければ費用は発生しない。しかしカルソニックカンセイは、売り上げがゼロでも固定費は発生する。昨今あらゆる業界で人手不足の影響が顕在化している。日産自動車の旺盛な発注に対応するために確保した人員によって発生する固定費に対して、相応の補償を求めたと推察できる。
サプライヤーを無視できない日産自動車
日産自動車も、今回のカルソニックカンセイの方針を無視できない。子会社でなくなったとはいえ、多くの電装品、空調・排気関連部品を発注する大口のサプライヤーであり、自社の事業拡大には欠かせない存在だ。三菱自動車を配下に加え、世界最大規模の生産を誇るトヨタ自動車や、フォルクスワーゲンの生産台数と肩を並べた今、大手のサプライヤーとの関係を悪化させ、自社の生産に影響がでるような事態は避けたいはずだ。
今回のカルソニックカンセイが提示した方針は、日本における、発注企業が際立って強い徒弟的企業間関係を崩す契機になる。同社の森谷弘史社長の発言に背中を押される経営者も多いはずだ。従来であれば、理由はどうあれサプライヤーの立場で発注企業の操業停止に伴う費用請求は言い出しづらかったはずだ。折しもカルソニックカンセイは、今年の5月に上場を廃止し米ファンドKKR社の完全子会社になった。いわゆる系列から離脱して、独立系として自動車メーカー各社との取引拡大をもくろむ中、従来の企業間関係を引きずった「なれ合い」で収められなかったのだ。
自動車部品メーカーを取り巻く厳しい経営環境
自動車部品メーカーは今、厳しい立場に置かれている。自動運転車や、電気自動車といった新技術に対応しつつ、新興国メーカーとは競争が激化する中で、コスト削減の取り組みを継続することが必要だ。一方購入側では原材料価格の高止まり傾向よって、コストは上昇。加えて人手不足によって、生産を維持するために従業員の給与水準の見直しも必要だ。近年では、中小企業の給与水準の改善が進んでおり、自動車部品メーカーに納入するサプライヤーも、人件費を含めたコストは上昇傾向にある。
こういった厳しい経営環境は、どんな企業や業界でも直面している。環境変化は、さまざまな改善や創意工夫で乗り超えるべきハードルだ。しかし、発注企業の不祥事によって、一方的に納入の停止を余儀なくされた場合は話が別だ。手を尽くして集めた人材は、一時的に仕事量が減少しても、削減には踏み切れない。出荷再開と同時にリカバリーが必要であり、厳しい要求に応えるには高い稼働が必要だ。いつ必要なのかは不透明でも、サプライヤーは準備しておく必要がある。カルソニックカンセイは、すぐにも生産再開できる体制を維持しているからこそ、正当な対価を要求しているのだ。
初めて発生した大手企業起因のサプライチェーン断絶
これまでさまざまな原因で発生した「サプライチェーンの断絶」は、サプライチェーン上の川下に位置する大手メーカーの生産が、川上に位置するサプライヤーの供給停止によって途切れる構図だった。しかし、今回の出荷停止によって発生したサプライチェーンの断絶は、これまでサプライヤーに「どうやってサプライチェーンを止めないのか」と問いただしていた川下企業の不祥事によって引き起こされた。
自動車業界だけでなく、さまざまな業界でサプライヤーに対しBCP(事業継続計画)を立案させ、サプライチェーンを止めない管理の実践を指導してきた。新たな管理の実践には、相応の費用が発生する。BCPは顧客のためだけではなく、自社の事業継続にも寄与する取り組みだ。カルソニックカンセイも、日産自動車をはじめとした自動車メーカーのサプライチェーンを断絶させない取り組みの要請に応えてきたはずだ。まさか顧客の不祥事によって、自社の生産を止める事態は想定していなかったはずだ。
サプライヤーとの対等な関係構築を目指せ
今回の「出荷停止」のような、発注企業の一方的な都合をサプライヤーに要求すれば、相応の対価支払いが必要だ。そういった当たり前の話が、日本におけるかつての企業間関係ではできなかった。発注企業とサプライヤーの長期的な「なれ合い」の関係によって、貸し借りを作り、うやむやにして事態を沈静化させ何とか耐え忍んできた。
これからは違う。日産自動車とカルソニックカンセイのように、発注企業の不手際によってサプライヤーで発生した費用は請求するといった対応をみせる企業は増えるはずだ。そして、これからは徒弟的な上下関係から脱却したフラットな企業間関係が増えてくる。発注企業と対等な立場にサプライヤーが置かれるのである。アウトソースの活用を積極的に進めた大手企業は、対等な立場にあるサプライヤーに伝える言葉を持っているだろうか。今、すぐにでも上意下達を抜きにしたサプライヤーと関係を構築するべきなのだ。
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