3.ハイテクと乱雑さ

 なお、この3で取り上げる話は本質的ではないとあらかじめ断っておきたい。しかし、気になったのは、先端とハイテクノロジーとはうらはらな、いくつかの光景だった。

 たとえば、企業のロゴ掲示の後ろに、カーペットが乱雑に置かれ、さらにコンセントの先端がむき出しだった。

ホテルの花壇

 さらに、別の箇所ではのぼりが飾られており、そこにはデザイン展が開催中というので、係員に聞いてみれば「終わった」という。のぼりに書かれた開催期間中では、と聞くと、「ここではない場所に開催会場が変更した」とのことだった。

 また、タバコの吸い殻が放置されているのは訪問者の責任かもしれないが、近未来をコンセプトにしたホテルの花壇はぐちゃぐちゃになっていた。

 お土産店には、文脈と必然性のわからない商品が並んでいた。くわえて、中国の技術と文化を集めたところに、サブウェイとマクドナルドが客を集めていたのは、ご愛嬌というべきだろうか。

あるお土産店

人民の悲しみと特区開発と

 実は、この雄安新区市民サービスセンターについて、訪問した直後には、どのように感想をもてばいいか、私のなかでも混乱していた。

 雄安新区市民サービスセンターの外で目をやると出くわす、農民たちの、ただひたすら⽣きていかねばならない⽣の労働に満ちた表情。振り返ると、ひどくうらはらな、この先端都市で働く若い労働者たちの姿。

 この中国で、どのようなきっかけがあって、一方は農村で、一方は先端都市で働く運命になったのか、私にはわからない。ただし私は、この雄安新区にやってくる前には、もっと脳天気な未来への輝きが発見できると思っていた。私が見た、雄安新区市民サービスセンターは、理想と現実の間で、なにを考え、なにをみつめているのだろう。

 私はわからないまま、タクシーに乗り込み、先のガイドに、雄安新区市民サービスセンターの感想を訊いてみた。「うん。便利になると、いいですね……」と彼はうつろにつぶやいた。その短かな言葉のなかに、私は何か多くを感じずにはいられなかった。

 その夕方、近くの屋台街に連れて行ってもらった。

 空気はガソリンとタバコの匂いで充満していたが、衣類や食品を売る、地元の人びとの生活を知るには十分だった。近くの餃子屋に寄って、何本かのビールを空けた。そして、ふたたびタクシーに乗り、中心地のホテルに帰ろうとするとき、タクシーの窓ごしから、「10元(約160円)」と書いた衣類を販売し糊口をしのぐ老女が、ぬれたように激しい視線を私にむけてきた。彼女の視線をたどったものの、私以外に対象はいなかった。

 私が目線を返した瞬間、出発するタクシーのエンジン音が、甲高い叫びのように老女にぶつかったような気がした。老女は微動だにすることなく、その視線を私に向け続けていた。その目には、中国政府が目指す高みと、そして、その現実に翻弄されている人民の悲しみが注入されているように感じられた。

 「毛沢東時代と同じにならないといいんですけれど」。

 ガイドは、少しだけ言葉を違えて言うのだった。

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未来の稼ぎ方 ビジネス年表2019-2038

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