9月15日、世耕経済産業大臣から「未来志向型の取引慣行に向けて」が発表された。親事業者と下請け事業者双方の「適正取引」の実現に向けた対策を自動車業界に要請する内容だ。具体的には「公正な取引環境を実現」「『適正取引』や『付加価値向上』につながる望ましい取引慣行などを普及・定着」「サプライチェーン全体にわたる取引環境の改善や賃上げできる環境の整備」といった3つの基本方針が述べられている。この基本方針のもとで、重点課題として「価格決定方法の適正化」「コスト負担の適正化」「支払条件の改善」の3点を提示し、「親事業者が負担すべき費用などを下請け事業者に押しつけがないよう徹底する」とされている。

 これは、日本経済団体連合会及び日本自動車工業会との懇談会の席上で発表されており、自動車産業だけではなく日本の全産業へ向け、サプライチェーン全体への「取引適正化」と「付加価値向上」に向けた自主行動計画の策定を要請している。並行して業種を横断して適用されるルールの明確化と、厳格な運用を下請け代金法の運用基準及び下請け振興法の振興基準の改正等で行うとしている。

 果たしてこういった行政の取り組みは、日本産業界の活性化や国民生活の向上につながるのだろうか。今回は、これに関して考えてみたい。

大手企業にとっては難しい課題

 発表のポイントは、サプライチェーン上の親会社(発注企業)に対して、「価格決定方法の適正化」「コスト負担の適正化」「支払条件の改善」の3つの課題を突きつけていることだ。「価格決定方法の適正化」では、一律の原価低減要請や、発注側が労務上昇分を考慮しない点が問題視されている。こういった動きは、自動車会社や経団連に名を連ねる大手企業とビジネスを行っている下請け企業にとって朗報といえるかもしれない。要請内容が実現すれば、利益率が拡大するかもしれない。結果的に利益の上昇が従業員の賃金に反映されれば、国内の個人消費拡大につながる可能性はある。

 日本の産業界で数少ないグローバルマーケットで競争力を確保している自動車業界へ、他の産業へ先立って要請を行ったのも、国内に広がっているサプライチェーン全体への波及効果を期待しているからだ。しかし2015年の国内における自動車生産台数は、前年度比マイナス5.1%だ。海外生産を増やし、輸出する台数を減らす傾向が継続している。今回発表された内容が実現すると、国内の自動車生産台数の減少に拍車をかける可能性もある。

重点課題実現に必要な「原資」はない

 重点課題を解決するためには、いわゆる親会社から下請け企業への発注の「中味」が変わらなければならない。国内市場よりも圧倒的に大きな海外マーケットを主戦場にする自動車メーカーにとって、グローバルマーケットにおける競争力の維持強化と「適正取引の実現」はトレードオフの関係になる。

 3つの重要課題は、いずれもコストアップの要因だ。今回の要請の実現に伴って発生するコストアップを許容してかつ、競争力を維持するためには、自動車会社だけではなく、下請け企業を含めたサプライチェーン上のすべての企業が同じような課題として捉え、実現へ向けての一致団結した取り組みが必要となる。一致団結には、日本経済団体連合会及び日本自動車工業会といった大手企業だけではなく、下請け企業側の経営姿勢や業務対応時の意識にもメスを入れる必要がある。

利益は与えられるものか

 では今回の要請を、大手企業から発注を受ける受注者である下請け企業はどのように捉えるべきだろうか。まず、こういった要請に伴って、売り上げが拡大したり、利益水準が自然に上昇したりといった幻想を抱いてはならない。企業の売り上げや利益が、「寄らば大樹の蔭」的な思考で、景気拡大あるいは大手企業の意向で拡大する時代は終わっている。大手企業には下請け企業の利益を増やすような余力はすでに残っていない。

 従って、下請け企業みずからの創意工夫で競争に勝ち残るしかない。今回の要請によって、大手企業がみずから発注価格を上げたり、支払条件を緩和したりはしないと考えるべきだ。下請け企業の方から、発注価格アップや、支払条件の改善を要求し獲得しなければならない。

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