ここで、いくつか登場した数字を整理する。発注側である日本スポーツ振興センターの建築予算は1300億円だった。しかし、デザインコンクールの最優秀賞の選考過程で予算内に入るかどうかの検討が行われた形跡はない。デザインコンクールのホームページには「いちばんをつくろう」と題されたコンクール概要が今も掲載されている。審査委員長の言葉には「国家プロジェクトとしてつくられる競技場」といった、まさに大規模プロジェクトを象徴する言葉がちりばめられている。こういった文章からは、デザインを検討する際に実現性を問わなければならない1300億円の予算を示す言葉は見つからない。審査の過程を報告した「審査概要」を読めば一目瞭然、審査の過程では予算額への言及が全く行われていないのだ。

 今回の一連の騒動は、このデザインコンクールが根本的な混乱の原因と言ってよい。公開されている内容をみれば、デザインを採用する発注者と、デザインを選考する審査員の間に、予算に関するコンセンサスがなかったと容易に想像できる。予算よりも、国家的プロジェクトであり、審査講評にある「地球人にとって希望の象徴となるデザイン」が優先されたのだ。発注側である日本スポーツ振興センターは、予算の存在を事実上伝えていなかったと判断せざるをえない。この点が本問題でもっとも「ずさん」な点である。

オリンピック開催準備にまつわる制約要因

 新国立競技場建設にまつわる一連の問題では、建築材料費の高騰や、作業員不足と給与アップも原因の1つとされている。しかし、当初1000億円とされた建築費が、2012年2月以降3000億円にも膨れあがるコスト要素の価格推移は確認できない。原材料費や作業員にまつわるコストよりも、今回の建築に関連した諸条件/制約要因の多さが、建築費の高止まりの要因になっている。

 まず、2020年に東京でオリンピックを必ず開催しなければならない。これがもっとも大きな制約要因だ。日本スポーツ振興センターは必ずどこかのゼネコンへ建築工事を発注し、2020年のオリンピック開催までに新国立競技場を完成させなければならない。同時に受注するゼネコン側にも相当大きなプレッシャーを生む。どんな遅れも許されない建築工事だ。

 2つめは建築予定地による制約だ。観客だけで8万人が収容できる競技場を、周囲への影響を最小限にして行わなければならない。建築工事期間中も、周囲の施設では通常の運営が行われる。スタジアム建築に必要な膨大な資材を、都心にある建築予定地に運びこむのもひと苦労だろう。

 そして、最後に建築スケジュールの問題だ。当初のスケジュールでもタイトだった建築工事は、計画の見直しに要した時間によって、さらに厳しさを増した。オリンピックに先立って行われる予定だったラグビーのワールドカップ開催までに間に合わなくなった。

 建築工事を見積もりする際、これだけの制約要因をさまざまなリスクへと転化する。リスクを回避するために、さまざまな費用が見積価格に反映される。短納期で建築しようとすれば、できるだけ多くの作業員を現場へ投入する方法がある。ただでさえ作業員不足が指摘される中で、一定人員の確保には、かなり余裕をみた人件費への予算配分が必要だろう。

 都心で行われるので周辺環境への影響を最小限にするための現場の養生や安全管理といった費用もかさむはずだ。建築に先立って2014年に行われた解体工事では、入札が成立しない事態が発生した。現在ではすっかり解体作業が終了したが、当初見込んでいた予算を積み増して入札を行ったはずだ。こういったさまざまな制約をふまえて、予定通り新国立競技場を完成させる責任を果たすために、リスクをコストに換算して見積もりに反映するしかないのだ。

仕様が決まればコストの80%以上が決まる

 既に計画された新国立競技場に代表される東京オリンピックの予算に、小池都知事は検証を加えると明言している。しかし、この段階で一度設定された予算を減額するのは非常に難しいだろう。購入対象の仕様が決まれば購入コストの80%は決まってしまう。だからこそ企業の調達・購買の現場では、仕様決定段階にコスト削減の源泉を見いだす取り組みが行われているのだ。今回の新国立球技場では、まさにデザイン段階で予算を踏まえた計画が行われなかったのが、混乱を引き起こした唯一かつ最大の要因である。

 今、我々はオリンピック招致決定の歓喜に湧いた瞬間を過ぎ、無事に開催する責任を全うする段階にある。今回の一連の問題から得られる教訓は、発注内容決定プロセスにおける予算管理の重要性だ。コストの制約をどのようにコントロールするのか。これは新国立競技場の建設にだけまつわる話ではない。調達・購買の現場で日常的に起こっているのだ。有識者による検証から、多くの学びを得なければならない。意議ある検証を期待したい。