ただ、何らかの天才的なひらめきにより血液凝固剤の具体的な製造方法が確立し、超法規的措置によって設備が稼働するとしよう。さらに人体の安全を守るものではなく、ゴジラの生命を毀傷するものだから品質にも目をつぶるとしよう。ムラがあっても、それをすべてゴジラに経口投与するからだ。また原材料調達も問題ないとする。

 そうなると、いわゆる製薬というより、工程外注に近い。あとは、ラインストップ時の補償などが問題になるだろうが、それも未曾有の危機だ。官から民にトップ指示が下れば「やるだろう」と関係者は語る。なお映画では、この血液凝固剤に極限環境微生物が必要とされるため、微生物培養、細胞培養をも行う医薬品生産に近いと判断した。

化学プラントによる製造の可能性

 もう一つの可能性として、化学プラント工場ではどうか。つまり、血液凝固剤を化学調合液体と考えた場合だ(正確には製薬もプロセス生産と呼ばれる化学プラントの一部ではあるが、意図的にわけた)。

 大手の化学メーカーの関係者に聞くと、そもそも、化学プラントでは連続生産工程となっており、かつ、配管設計などのエンジニアリング全般が、特定の化学品を生産するために作られているため、別品を生産できない、と指摘する。

 もちろん、使える工程をつなぎあわせる方法はある。しかし、その場合、血液凝固剤を生産したあとの通常品への復旧作業に莫大な費用がかかる。また、これだと極限環境微生物の培養は解決していない。ただ、そこは医薬品生産プラントからの絶大なる協力を得られるとしよう。

 経済的合理性を排除すべき未曾有の危機だ。無理は多いものの、官から民にトップ指示が下れば「やるだろう」と関係者は語る。これも多くの仮定を含むものの、どうやら官製サプライチェーンならば可能になるらしい。

そして官製サプライチェーンの限界

©2016 TOHO CO.,LTD.

 血液凝固剤により凝固したゴジラは広島原爆ドームや長崎平和祈念像、あるいは福島原発を暗喩するものとなった。矢口蘭堂と、石原さとみさん演じるカヨコ・アン・パタースンが、ゴジラを遠くに望み、安堵を浮かべる姿は感動的である。あまりに感動的であるが、官製サプライチェーンの成功は、やはり、このような極限時にのみ輝くのだ、という逆説がそこにはある。

 これは輝きである。そして、稀有な輝きである。映画『シン・ゴジラ』は邦画の傑作であることは疑い得ない。しかしそれにしても、なぜ私たちはこの映画に心揺り動かされ、そして、つい何かを語りたくなってしまうのだろうか。私はその理由を、この映画が、日本的システムの限界と、希望と、そして、もう一度、絶望を指し示しているからだ、と書いた。極限状態では日本的システムは有効に稼働した。しかし、それは、裏を返せば、極限状態にしか輝かないのだ、と。

 そこにある種の心揺さぶられる理由がある――、と少なくとも私には感じられる。

 映画でキーパーソンとなる牧博士は遺書で「私は好きにした。君たちも好きにしろ」と述べる。なるほど、映画の深読みも批評も、「好きにしろ」ということだろう。そして次々に論評が出ること自体、監督の術中にはまっている。

 そして、最後の感動は「今回はうまくいったのだ」という事実に支えられている。社会と国際状況が変わらなければ、きっとおなじような「怪獣」がやってくる。誰もが心のなかではそうわかりながら、ただ目の前の解決をとりあえずは喜ぶしかない。

<世界の終わる日……世界の終わる日、僕たちは、撮ったばかりの写真をインスタグラムにアップするだろう。世界の終わる日、僕たちは、ローチケでリキッドルームの来月のライブを予約するだろう。世界の終わる日、僕たちは、LINEでタイムセールを探すだろう。世界の終わる日、僕たちは、おろしたてのアシックスタイガーからゆっくりと靴ひもを抜き取るだろう。世界の終わる日、僕たちは『浦島太郎』を聞きながら抱きあって眠るだろう……。>

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 その怒涛のような情報量に圧倒された方も多いのではないでしょうか。ゴジラが襲う場所。掛けられている絵画。迎え撃つ自衛隊の兵器。破壊されたビル。机に置かれた詩集。使われているパソコンの機種…。装置として作中に散りばめられた無数の情報の断片は、その背景や因果について十分な説明がないまま鑑賞者の解釈に委ねられ「開かれて」います。だからこそこの映画は、鑑賞者を「シン・ゴジラについて何かを語りたい」という気にさせるのでしょう。

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(日経ビジネスオンライン編集長 池田 信太朗)