(写真:ロイター/アフロ)

 その昔――といっても1999年くらいのことだが――就職活動をろくにしなかった私は、呼ばれるがまま名門商社で働く先輩の話を聞きにいった。スーツを着慣れず、商社が何をするところかもほとんど理解していなかった大学生の私は質問をなんとかひねり出し続けた。

 そのほとんどは覚えてさえいない。ただ1つだけ覚えているのは、「商社冬の時代と言われますが、将来はあるのでしょうか」と若者特有の無礼な質問をしたときだった。先輩は、せせら笑うかのように「そうだね。冬の時代っていうのは、何十年も言われているんだよね」といった。先輩の、先輩の、さらに先輩の時代から冬の時代だったのだ、と。

 私はその後、就職活動を全くせずに、電機メーカーで職を見つけ、資材係に就くことになった。資材係とは、メーカーの生産に使う部品や材料やらを買い集める、あれである。当時の職場は、ひたすら取引先に電話をかけたり、ひたすら面談を繰り返したりしては価格を交渉し納期を調整した。

 そのころ、日本人の悪い癖で、「欧米は進んでいる」「だけれど日本は遅れている」病に罹患した。当時、米国では取引先と年平均2回ほどしか対面しないと言う。それだけ電子メールや電話会議などが効率的に使われていたのだ。それに比べて、自分のやっている仕事の非効率さはなんだろうか。毎日のように、ああだこうだ、と時間を浪費しているではないか。

 私はそのあと紆余曲折あって調達とサプライチェーンのコンサルタントになった。その原始的欲求は、日本での非効率さをなんとか近代化したい点にあった。

 その後、それでも面談の効用について見直すことになった。実際に面談の回数があがれば、取引先の協力度もあがっていく。その科学的理由までは不明だが、たくさん会ったら人間関係的にも濃くなるのだろう。

 近年では、欧米の企業も行き過ぎた効率化を反省するかのように「サプライヤー・リテンション・マネジメント」を開始している。これはいわゆる二者(社)間の関係性を維持・向上する施策だ。といっても難しい施策ではない。取引先と定期的にミーティングを実施し、調達戦略と営業戦略をすりあわせましょう、という地道な活動だ。

 その意味で、私の就職活動時の話に戻る。

 商社冬の時代、ではなく、営業人員不要の時代、と思っていた。しかし、逆説的に営業人員は二者(社)間の関係性を維持・向上させる仲介屋として、その古臭さとは裏腹に、むしろ役割があがっているのだ、と。