以前、私が企業の調達・購買部門に勤めているとき、取引先に一時金を求めることがあった。これは小売業では、仕入割引金、割戻金、販売協賛金、などと呼ばれる場合がある。つまり、バックマージンだ。仕入れる、調達する代わりに、いくばくかのお金をバックしてもらうようにお願いする。
これが不思議だった。そもそも仕入れる側は対価を支払って、モノを購入する。だから、商品の流れは、仕入先→買い手、だ。そして、つねにお金の流れは、買い手→仕入先、のはずだ。それなのに、なぜお金が、仕入先→買い手、に流れるのか。それならば、商品をそもそも割引して販売すればいいではないか。
ただ、やっているうちに、複雑な事情があるとわかった。一つ目は、もはや慣習としかいえないものだ。買い手の企業がノルマとして徴収する民間税のようなもので、買い手の顔を立てるために存在する。
そして二つ目は、一時金として払ったほうが、製品価格を下げなくてもいい、という判断による。つまり、製品を100円から95円に値下げしてしまうと、市場価格の下落が生じる。しかし、100円にしたままで、特定の買い手にのみ一時金で処理したほうが値崩れを防げるというわけだ。
実際に企業の調達・購買は、コストを下げたいと思っている。しかし、取引先は、市価の下落を恐れて、価格を下げたくないという。その妥協案として、一時金が採用される。
これは、日本特有の事情ではない。米国には、アローワンスなる単語がある。これは、小売店が広告に商品を載せる代わりにその費用を回収したり、棚割りを増やす代わりに、販促費として費用を回収したりする。
私は、取引先は凄いな、と思った。商品や製品を販売するときには、過酷な条件を呑まされる。さらには各種の費用を請求される。一時金もある。そのうえで自社の利益をなんとか確保せねばならないのだ。
昔に遡って値引きをお願い
先日、なかなか興味深い報道がなされた。報道によると、米テスラが取引先に支払った代金の返還を求めたという。これも報道によれば、その返金によってテスラが事業を継続可能になるからだという。記事を読めば、これはいわゆる遡及値引き、というものだ。
遡及値引きとは、簡単にいえば、昔に遡って値引きをお願いすることだ。日本では、下請法があり、買い手と取引先が資本金額にある一定の差異があれば、この遡及値引きは認められない。下請代金の減額といって、禁止行為に当たる。しかし、下請法の適用外であれば、珍しいことではない。
しかし、なぜ遡及値引きが認められるかというと、かなり強引なロジックによる。買い手の企業が、もし経営難に陥ってしまえば、そもそも取引先としても売り先がなくなる。一方で、遡及値引きにより、買い手企業のキャッシュフローが改善し、将来も成長を続ければ、中長期的に見れば、取引先にとっても売り上げと利益が増加するはずだ――というロジックだ。
このロジックが一理あるか、破綻しているかは読者に委ねようと私は思う。
しかし、テスラのキャッシュフローは、これだけで改善しそうには思えない。もちろん、自動車メーカーからすると、外部への支払い調達金額は莫大なものだ。ただ、取引先の各社とも売上高に対する利益が数パーセントでがんばっている。だから、返金に応じたとしても、その売上高にたいして、さらにわずかなパーセントだろう。
テスラは「モデル3」生産のために、多額のキャッシュフローを必要としている。テスラはリストラクチャリングを敢行し、その数は全従業員の9%にものぼる。数カ月前、イーロン・マスクは、キャッシュフローのプラス化に自信をもっているとした。
それがサプライヤへーの遡及値引きと、リストラクチャリングによるものだけではないだろう。ただ、報道によれば、サプライヤーへの支払代金の引き下げと、条件の各種改善を求めるという。
テスラのキャッシュバック要求とその反応
テスラは、モデル3が好調にスタートしたなかで、この競争力強化のための機会としている。この動きには辛辣な意見が多く、「テスラは自分たちの利益を心配しているが、一方でサプライヤーのことは気にしていない(They’re worried about their profitability but they don’t care about their suppliers’ profitability)」といった専門家の声を紹介している。さらに、遡及値引きが必要であれば、そもそもビジネスモデルとして成立していないのだ、と。
なお、私は慎重にここまで書いてきた。というのは、報道のなかでは、テスラが遡及値引きを求めた、という事実がいわれていた。しかし、実際に、そのメモは漏洩していない。相当なサプライヤーがいるはずで、そのどこか複数社がリークしたのだろうが、メモ自体をテスラが完全に認めたわけではない。
テスラは、あくまでもcapex(設備投資)のコスト削減について取り組んでいるとし、また部品メーカーとは低コストを実現するように設計と工程の変更を試みているとした。だから、テスラが、サプライヤー全社に遡及値引きを要求したのか、あるいは限定的に依頼したのか、または誤解を与える表現にすぎなかったのかは断言を避けなければならない。
ただし、テスラがキャッシュフローをマイナスにし続けてきた。そのため、ついにサプライヤーにキャッシュバックを要求するにいたったか、とメディアが反応したのは無理もない。また、イーロン・マスクは、今後、「モデルY」の生産も発表している。これから本格的な量産メーカーに移行しようとしている。
個人的な経験では、自動車は、大量生産になると、まったく予期しないことが起きる。自社の品質トラブルは当然として、サプライヤーからの納入品質が安定しなかったり、納期が間に合わなかったり、あるいは、原材料が値上がりし、突然のコスト高に見舞われたり。想像を絶することばかりだ。
サプライヤーからの強力なサポートなしには、そもそも自動車会社は成立しない。自動車各社はサプライヤーとの連携を、つねに叫んでいる。あれは、建前ではない。成功もサプライヤーしだいだと信じている。
テスラは大量生産の地獄をクリアすることができるだろうか。私はサプライヤーとの関係を中心に見守りたいと思う。
Powered by リゾーム?