
以前、自動車メーカーで働いていたころ、自社の米国工場を訪ねる機会がよくあった。10年ほど前、初めて到着した際に、その広大さに驚いた。日本の工場も、他業種に比べれば大きいが、米国のそれとは比べものにならない。
すれ違うひと、すれ違うひとが、「ハーイ」と話しかけてくれる。受付の女性は「ハブ・ア・グッド・デイ」と笑ってくれる。工場のラインサイドでは休み時間のたびに工程単位で作業者が集まり、ドーナツを食べながら馬鹿笑いしている。
真冬だったのに半袖で作業をしているひとがいて、大丈夫か、と聞くと「イエス。アイ・アム・ホットマン!」と高笑いしてくれた。「テイク・オフ!」と私のジャンパーを脱ぐように指示し、そして笑顔で去っていった。
よくも悪くも、米国人の楽観さとか、フレンドリーさを感じた瞬間だった。
もちろん、これが品質の劣化をもたらすわけではない。楽しみながら自動車部品を組み付けても、品質システムがしっかりしていればいい。
昼食のとき。食堂に連れて行かれた私は、作業者がディスプレイに映る、株価を凝視していたのを覚えている。それも、あまりに真剣に。そのとき、ほんとうに漠然とではあるが――「ああ、もう、みんなはモノづくりには興味がないんだな」と思った。もちろん、仕事としては頑張っているが、生活の糧として選んだにすぎない。当然、これはたんなる私の印象論にすぎない。さらに日本と米国では年金制度も、資産についての考え方もちがう。
米国では80年代にモノづくりを捨てて、金融とITにかじを切ったといわれる。ミドルクラスのエンジニアも少なくなった。一方で、現場を見る限り、私は衰退を感じていなかった。しかし、その食堂の光景をみたあと、やはり、楽観的にはなれなかった。
トランプ大統領とフォックスコンの思惑
北朝鮮から、対中国の関税から、中東から、移民問題から、米国トランプ大統領はつねに世界を揺さぶり続けている。同時に、トランプ大統領をむしろ利用しようとするひともいるだろう。
その意味で、まっさきにトランプ大統領を支持し、「Make America Great Again」に乗じるように、米国での工場新設を決めた台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の製造子会社フォックスコンはどうだろう。先月、鴻海のテリー・ゴウ(郭台銘)会長は、トランプ大統領とともに、米国・ウィスコンシン州でのフォックスコンの新工場建設セレモニーに登場した。
その場でテリー・ゴウ会長は、トランプ大統領のアメリカ第一主義に賛同を贈ってみせた。そして、米国への生産回帰に尽力すると語った。優遇措置があったし、どれくらい同工場が成功するかはお手並み拝見としかいえないものの、トランプ大統領がフォックスコンから多額の投資を引き出したのは事実だ。
しかし、その会に参加する前、テリー・ゴウ会長は株主総会の席上で、「米中貿易戦争を懸念している」と不安な様子で述べた。きっとアメリカ第一主義を楽観的に語るほどは安穏としていなかったに違いない。
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