先日、2年ぶりにミャンマーに行ってきた。ヤンゴン国際空港から40分ほどタクシーに乗ると中心地に到着する。夜に到着したが、道端では若者が夜のハイキングを楽しんでおり、子どもたちは球蹴りに興じており、野良犬があたりをさまよっていた。
翌朝、ヤンゴンから工場団地をめぐる。日中のじりじりとした太陽が肌を刺す。街並みからはただちに2年間の違いを見つけ出すのは難しい。
しかし、よく見るとひとびとの手には、かつてと比べ物にならないほどスマートフォンがある。道の露天でも、どこから集めてきたのか、中古スマートフォンが並べられひとびとをひきつけている。他の路面店でも、SIMカードを買い求めるためにひとびとが行列をなしていた。また探せば、高級ショッピングモールも登場している。
労働状況も変化している。ヤンゴンで工場労働者の月給について聞いてみると、2年前より1割ほど上昇していた。年長者になると仕事がなくなるこの国だが、若者を集めるのも難しい。周辺工場より高い給料でひきつけても職場の改善ぬきには定着が難しい。
「給料日の翌日なんですが」と某社の社員は教えてくれた。「1割は辞めています。もちろん、事前連絡はありません。ラインに出勤してこないのです」と。ということは1年もたたずに全員が入れ替わっているということか。「そうなんです。大変です。いなくなることを前提に生産計画を立てなければなりません」。
客観的に見て、この工場では、労働者の環境衛生にも気を遣っている。安全管理がしっかりしていないと、労働者が同時期に大量に辞めかねない。ここには、「労働者を使う側」vs「搾取される労働者」という旧左翼的な構図はまったくない。さらに「労働者を使う側」は社会の厳しい監視にさらされる宿命をも背負う。
アップルの「Supplier Responsibility」報告
米アップルは、「Supplier Responsibility 2017 Progress Report」を発表した。これは、文字通りサプライヤー(取引先)との付き合いを報告したものだ。アップルほどの大企業になると、自社の労働者を管理するだけではなく、サプライチェーン全体の労働者管理が必要になってくる。
この内容については日本語でも紹介されている。アップルはサプライヤーに求める評価基準をさらに引き上げることで、それらの企業で働く労働者保護を狙う。また、これに加えて省電力や環境保護なども掲げている。
特にサプライヤーの労働者に関しては、iPhoneの組み立てで有名な鴻海(ホンハイ)精密工業の中国製造子会社フォックスコンの女性を登場させたうえで、こう言わせている。「私の仕事がとても好き。アップルの教育訓練プログラムは大きな助けになった。英語が上達したので、お客さんとやりとりもできるし、プロジェクトの管理もできるようになった」と(“I love what I do. Apple’s education program really helped me a lot in my career development. My improvement in English also enabled me to communicate with clients and manage projects independently.”)。
アップルの徹底
アップルがこのような報告書を開示するのは11回目となる。ただ数年前に、アップルは大きな批判を受けた。例えばiPhoneを組み立てている外注先(EMS)工場の労働者がひどい扱いを受けているのではないかと。そこでアップルは、それまで以上に厳格に、そして高い水準をサプライヤーに設定してきた。
アップルは、サプライヤーに対する要件は毎年のように増えているとしている。実際に現時点でも、500を超える条件や期待される行動様式を設定している。批判を浴びてからは、未成年者労働や強制労働、労働者への脅迫行為などを特に注視している。
しかも評価結果をうけた後の行動も徹底している。実際にアップルは2016年に、評価の芳しくないサプライヤー13社に対する発注量を大幅に減少させた。そして3社からは撤退を決めた。
しかしアップルは監査だけを行って、その責任をサプライヤー経営陣に丸投げしているわけではない。アップルは、改善プログラムをサプライヤーに提供している。そのプログラムによって、労働問題や安全問題、環境対応などについて相談できる。
アップルはサプライヤー労働者の残業時間も管理しており、過重労働が存在しないかチェックしている。それだけではなく、化学物質が適切に管理されているかも確認している。もちろん、アップルが常に工場を監査できるわけではない。サプライヤーからの報告書がベースとなるが、その際には改ざんがないか慎重に確認している。
第三者機関は有効か
もちろんサプライチェーン上の取引先を代わりに監査してくれる第三者機関はある。ただ、その有効性を疑問視する向きがある。
例えば、バングラデシュでは縫製工場が集まっている。バングラデシュでは火災や建屋崩壊などが頻発し、労働者が被害に遭っている。もっとも“有名”なのは2013年に複数の縫製企業が入居しているラナ・プラザビルが崩壊し、1000人を超える死傷者が出た事件だ。しかし、事前の第三者機関による監査では、施設は監査を通過していた。
また第三者機関は、報酬をもらって監査を実施する以上、依頼元企業の意向を強く受けるといわれる。くわえて本来は、一次サプライヤーではなく、二次サプライヤーが問題のケースも多いが、第三者機関は一次サプライヤーのみを監査するケースが多いため、二次サプライヤーでの問題が発覚しない。もっともこれは契約範囲ゆえに第三者機関を責めるわけにはいかないが。
第三者機関のみに丸投げしている場合、強制労働などの問題は放置されているとも指摘されている。やはり、自社がどれくらい真剣になるかが問われているのだろう。短期間で見るとコストも手間もかかるが、一度ブランドが既存してまったら復活にはよりコストと時間がかかる。
その意味で、サプライチェーン上のサプライヤー労働者管理は、もはや有名企業の税負担のようになっている。
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