2月24日、米国のオバマ大統領が「2015年貿易円滑化及び権利行使に関する法律」に署名した。この法律による施策の1つに「強制労働によって製造された製品の輸入禁止を強化」がある。人口減少によって、多くの企業が事業拡大を目的に海外展開を進め、TPP(環太平洋経済連携協定)を最大活用して成長を目指す日本経済にとって、この法律は高いハードルになる可能性が高い。米国の通商代表部がこの法律をどのように運用するのか、注意深く見守る必要がある。

 2015年の財務省貿易統計を見てみると、日本の輸出の2割が米国向けだ。そして輸入の25%は中国から行っている。ちなみに米国からの輸入は第2位で約10%を占めている。

 米国向けの主な輸出製品は、自動車や自動車部品、電子計測機器や電子部品。中国からの輸入は、衣類や通信機、電算機類が上位を占める。この米中両国を相手にした輸出入品目は、一見すると相関が薄いと感じるかもしれない。しかし、サプライチェーン全体を視野にいれると、今回の法律は日本企業に新たなリスクの到来を告げている。近年の自動車の部品構成比率と日本における部品調達構造を例に、リスクと認知して新たなサプライチェーン管理を行うべき根拠を述べる。

自動車部品の30%がエレクトロニクス製品

 まず、自動車に使用される部品を見てみよう。情報処理推進機構(IPA)が2012年に発表した「IPA テクニカルウォッチ」によると、自動車のコストに占めるエレクトロニクス部品の割合はエンジン車で最大30%、ハイブリッド車では50%、電気自動車では70%とされている。

 その自動車部品を供給するメーカーは、積極的に海外展開を行っている。昨年8月に発表された日本自動車部品工業会による「海外事業概況調査報告」を参照すると、円安が進んだここ数年も海外展開を進めていた自動車部品メーカーの姿が浮かびあがる。2014年では、海外法人全体の64.5%がアジアに存在し、中国は26.8%を占める。特筆すべきは「地域別売り先別比率」だ。北米や欧州地域と比較すると、アジアと中国で生産された自動車部品は日本向けの輸出割合が高い。どの地域においても部品の納入先としてまず考えられるのは、現地生産を行う自動車メーカーだ。しかし、日本国内の自動車生産は、アジア各国に存在する部品メーカーとサプライチェーンを構築し供給構造を形成している。

 また、自動車部品のみならず、完成車の輸入も拡大している。従来、海外から逆輸入されると言えば、海外マーケットをターゲットにしたモデルが主流だった。しかし2010年に生産発売された日産自動車の「マーチ」の日本仕様車はタイ工場で生産されている。

 完成車と構成部品の両方でグローバルに拡大するサプライチェーンを背景にして、日本の自動車メーカー各社はTPP推進を訴えてきた。自由貿易の推進は自動車産業に貢献すると信じているのだ。しかし、今回米国で制定された法律は、倫理的視点だけではなく、極めて実利的な側面で、現在のサプライチェーンに大きなリスクを生むことになる。

児童労働と強制労働の実態

 米国労働省のホームページに児童労働や強制労働を行っている製品と国のリストが掲載されている。64の農産物、42の工業製品、29の地下鉱物資源が国名とともに確認可能だ。日本の輸入国の第1位である中国と第8位のマレーシアは、エレクトロニクス産業における児童労働や強制労働が指摘されている。2月にオバマ大統領が署名した法律によれば、中国やマレーシアで行われた児童労働や強制労働によって生産された部品が使用されている場合、米国への輸出ができなくなることになるワケだ。

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