森友学園をめぐる文書改ざん問題で、国会では集中審議が行われた(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

 私は、いわゆるワイドショーにコメンテーターとして出演している。視聴者はやはりスキャンダラスな事件が好きだ。その中で、できれば私は、本当の問題を指摘したいと思っている。それがなかなか理解されなかったとしても。

 たとえば、森友学園の問題が取り上げられる。私はもちろん、元財務省のS氏や、財務大臣のA氏の責任について倫理的に責めたいとも思う。しかし本当は、問題の根本は構造にあるのではないか、と指摘したい。

 たしかに、森友学園問題について、いろいろな角度から批判は可能だろう。とはいえ核心は、公文書ではないのか。「公文書等の管理に関する法律」によれば、第四条にはこうある。

行政機関の職員は、第一条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、次に掲げる事項その他の事項について、文書を作成しなければならない。

 ということは、この「意思決定に至る過程」について記録していなかったことがそもそもの問題ではないか。ここでは、「軽微なものである場合を除き」となっているため、財務省としては記録を残さなかったと言い訳ができる。その定義を変える必要がある。

 そこで財務省の規定を見てみたい。財務省行政文書管理規則によれば、「①国有財産(不動産に限る。)の取得及び処分に関する決裁文書」は明確に、30年の保存とされているではないか。それでもなお、「歴史公文書等(管理規則第13条第3項の歴史公文書等をいう。)に該当しない行政文書(歴史公文書等の写しを含む。)の保存期間は1年未満とする。」としているのだ。

 私は企業へのコンサルティングを生業とする者だ。とくに上場企業については、意思決定に関わるさまざまな書類を記録し、即時提出することを求められているのに、役所は恣意的に1年で廃棄していいとしている。

 私はこの官民差の究極的な是非は断じない。しかし、公文書の観点から情報番組でコメントをしていた例を私はさほど知らない。私には、ただし、公文書の問題が内在しているとしか思えない。