3月8日に大統領令に署名したトランプ大統領(写真:AFP/アフロ)
3月8日に大統領令に署名したトランプ大統領(写真:AFP/アフロ)

 アメリカのトランプ大統領が3月8日に署名した鉄鋼とアルミニウムの輸入品に対する追加関税を導入する大統領令。今月23日から鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の追加関税が課せられる。日本だけでなく、中国やヨーロッパ、そしてアメリカ国内でも今回の対応に懸念が広がっている。

 まず、トランプ大統領が輸入制限処置案を発表した時点で、世界同時株安が引き起こされた。日本や韓国、中国の鉄鋼メーカーの株価は軒並み下落し、保護主義に傾くアメリカ政府の政策に市場が警戒感を示した。今回の政策は、秋のアメリカ議会中間選挙を控え、アメリカ国内の鉄鋼産業が集積する中西部の政権支持を確実にしたい意向が働いているとされる。確かに選挙には勝てるかもしれない。しかし、今回の政策でトランプ大統領が支払う代償はあまりにも大きい。

 今回発表された政策は、長年にわたってアメリカ経済の発展を支え、世界的にも最も大きなメリットを享受してきたアメリカ企業のサプライチェーンに悪影響を及ぼす。そして、選挙目当ての場当たりな政策は、アメリカを偉大にするどころか、アメリカ企業の優位性をそぎ、その地位の低下に拍車をかける可能性すらある。

大きな恩恵を受けてきたアメリカ

 1980年代、アメリカで生まれたサプライチェーンマネジメントは、アメリカ企業の発展、特にグローバル化に大きく貢献してきた。旺盛な消費を支えるため、サプライチェーンをアメリカ国内から海外へと発展させ、豊かな消費生活を実現してきた。確かに今、アメリカ経済を支えているのはアマゾンやグーグルといったIT企業かもしれない。しかしIT企業でさえも、ただ情報を流すだけではビジネスとして成り立たなかった。

 ITには実体経済とリンクさせた相乗効果が欠かせない。これまでアメリカ企業は、モノの製造や販売を結ぶサプライチェーンの存在に、ITを活用した高度な情報処理・流通を加え、さらに効率的なサプライチェーンを構築してきた。今、アマゾンが注目されているのは、ITのみならずモノの流通と融合してビジネスを展開しているからにほかならない。言うなれば、ITとモノの流通の融合を加速し、新たな技術を活用した究極的なサプライチェーンの構築を目指しているのである。

サプライチェーンに欠かせない経済的合理性

 アメリカの繁栄を支えた海外に広がるサプライチェーンは、経済的合理性によって決定された要素が集合してこそ、最高のパフォーマンスをもたらす。アメリカにおける鉄鋼産業の衰退は、グローバルに展開したサプライチェーンの経済的合理性によってひき起こされている。アメリカ国内の企業から購入するよりも、海外から輸入した方が安く、かつ品質や納期にも問題がなければ、どちらを選択すべきか、誰の目にも明らかである。

 アメリカや日本だけではなく、すべての先進国が直面し共通の課題である産業空洞化は、国内よりも海外に事業運営上、よりメリットの大きな調達ソースが存在する経済的合理性によって発生する。本来的には、国内産業の競争力強化によって再び選ばれる調達ソースになるのが理想だ。しかしこれは極めて難しい。

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