このところ、本業でAI(人工知能)に関する問い合わせが増えている。私は、調達・購買、物流などを専門にする者だ。流行語として流布するAIは、実際のところ、どのていど実務で使えるのか、使えないのか。
この答えは、結局のところ、その企業がどれだけ分析したいデータを持っているかによる。AIも、さすがに無から有を作り出すことはできない。あるいは、データを持っていなくても、どれだけデータを収集する覚悟を持っているかによる。
たとえば、製品データを分析して、調達価格を類推するAIがあったとする。さすがに、AIもこれまでの調達履歴を知らずして、いくらかを予想はできない。だから、それまでの調達実績をデータ化し、まずは整理する必要がある。
データさえあれば、逆に、それを取捨選択してなんらかのモデルを導けるだろう。
AIと小売業の明日
先日、小売業とAIの活用について発表されたレポートが面白い。CB Insightsが無料公開しているもので、「The Smart Store」だ。残念ながら全編英語になっている。ソフトバンクの孫正義さんも、ペッパーとともにAI時代の寵児として紹介されている。
すべてを読む必要はないが、興味深いのは、次の取り組みだ。
・セフォラのスマートミラー:セフォラは、フランスの化粧品メーカーだ。男性でも百貨店の一階に行けば、美容部員がお客の顔に化粧品を塗りながら、あれこれとアドバイスしている様子を見たことがあるだろう。いわゆる、そのAI版と思っていい。タブレットの前にお客が座り、その状態をスキャンすることで、肌の健康性を考えてくれたり最適な化粧品をシミュレートしてくれたりする。
・スマートチェックアウト:これは商品にタグを付けておき、お客が手に取りそのまま店の外に出れば、自動会計する仕組みだ。米アマゾン・ドット・コムの無人のコンビニエンスストア「Amazon Go」では、店内に無数のカメラを設置し、お客と手に取った商品をヒモ付ける。それに比べれば劣るかもしれないが、レジの削減効果は大きい(なお、タグによるスマートチェックアウトはAIではないと私は思う。しかし、レジの削減は大きなテーマなためあえて取り上げた)。ちょっと怖い表現だと思ったのは、「Human-free」店舗、というものだったが、たしかに付加価値のつけられない社員であれば、淘汰もやむなしかもしれない。
一方でこのレポートの中に、海中を新たな倉庫にする、という話が出てきている。文字どおり、センサー付きの商品を特別梱包して海に放り投げる。それを出荷すべきときには、通信により海面に引き上げる。海はもちろん、無限に広がっているから、現在の倉庫不足問題も解決できる。あまりに突飛な話だ。もちろん、突飛と感じる私が古いのかもしれない。しかし、どこまで実現できるかは、夢想も含めて、冷静に考えたほうがいいだろう。
とはいえ、AIが有効な技術であるのは間違いない。AIは店舗の情報、ネットの購買情報を集め、そして人間よりも素早く分析できる。さらに、消費者が望むものを正確に提供できる。
企業は、在庫管理、流通、広告、商品開発、販売にいたるまで、さまざまなフェーズで活動をおこなう。そのすべてにAIを取り入れる、少なくとも、取り入れる検討をする状況にある。
なお、これは研究途上であるが、AIを活用した企業のほうが、そのサプライヤーにも好影響を与える可能性が高い。考えてみれば当たり前で、将来の注文件数が不確定で、ギリギリまで数量が変動するより、精緻な数量をあらかじめ予想できているほうがいい。
サプライヤーは注文を受けて、早めに原材料の確保や、今では労働力の確保を行う。もともと1000個の発注を内示でもらっていたところ、実際には500個に減るかもしれない。そうすると、補償する可能性もある。それに生産体制の構築においても、バラつきがないにこしたことはない。
未来を読む、とは、自社だけではなく、サプライチェーン全体に恩恵をもたらす可能性が高いのだ。
アマゾンのスマートカメラ企業の買収
テクノロジーを制する企業が、世界を制するようになってきた。先日、世界で一番攻め続ける企業、と形容していいアマゾンの企業買収が報じられた。買収されたのは米リングだ。同社は、ネットワークカメラと、ネットワークドアロックシステムを開発している。
たとえば、小型のカメラを家中に、あるいは家のドアに設置できる。そうすれば、不審者が訪問してきたときなど、LEDライトを連携させて、それを光らせられる。これは、泥棒の抑止に有効だ。さらにその際には、スマホ経由で、住人に知らせられる。これまでのセキュリティシステムは、多額の投資が必要だったが、スマホとネット環境があれば、さらに進んだセキュリティシステムが住宅に実装可能なのだ。
ではなぜ、アマゾンの食指が動いたのだろうか。それは、配送にある。たとえば、アマゾンは米スーパー大手のホールフーズを買収した。さらに、「Amazon Fresh」という生鮮食品のデリバリーサービスもある。そのサービスでは、確実に各家庭へ届けることが必須となる。アマゾンのヘビーユーザーは、そのリングのスマートドアロックシステムを導入したら、何が起きるだろうか。
配送員が、配送先に行く。残念ながら留守でも、まったく問題はない。配送員がスマホを取り出し、特別なキーコードを入力すれば、一回だけその住宅のドアが開くのだ。開けたら、ドア横に、食品を置いて立ち去ればいい。たしかに配送員が自宅のドアを開けるのは不気味ではある。
ただ、これならどうだろう。リングのカメラが自宅に設置されていれば、ドアが開くのと連動し、すぐさまあなたのスマホに実況動画を送ってくれるのだ。そうすれば、配送員が、自宅に侵入したり潜伏したりしていないと確認できる。
家電製品とちがって、生鮮食品は持ち帰ると劣化のおそれがある。なるほど、これからのアマゾンを考えるに、リング買収は理にかなっているといえる。
アマゾンに見る、AIと小売のその後
ところで、ここでもアマゾンの戦略が、一本の線上にあることに驚く。現在アマゾンは、音声認識ソフト「アレクサ」(およびそれを搭載したスマートスピーカー「アマゾンエコー)を広げて、音声認識範囲を拡充してきている。たとえば、奥のキッチンで、アレクサに対して「アレクサ、玄関のカメラを見せて」といったらどうだろう。あるいは職場から、「アレクサ、リビングルームの様子を見せて」と語りかけるかもしれない。
その後、アレクサに、さまざまなお願いをするかもしれない。「アレクサ、これ録画しておいて」かもしれないし、「アレクサ、わあ怖かった、セキュリティグッズを購入しておかないとダメね」かもしれない。
結局、「AIをもっとも活用しているのは、アマゾンだね」という結論になると、凡庸すぎるのだが。
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