米国への生産回帰は一筋縄ではいかない

 中国は、ホンハイというきわめて魅力的なアッセンブリー企業と行政の蜜月によって、iPhoneというビッグビジネスを招致した。低賃金は当然として、ある意味、欧米流の労働観から逸脱した働きっぷりでアップルに恩恵を与えた。

 2011年にiPhoneの製造不良が見つかったとき、欧米企業ならありえない対応を見せた。真夜中から始めた修理作業には、何と、8000人の従業員が叩き起こされた。お菓子を与えられた作業者は、号令後30分以内に作業を開始した。96時間の作業後には1万台をこえるiPhoneができあがったのだ。私は一般的に、過酷な職場を良しとしているわけではない。その倫理観については差し控える。ただし、アップルの心を打ったのは間違いない。

 労務費の低さだけではなく、緊急性と勤勉性を備えた労働者たちが揃っていた。この工程が米国に完全移管するのは、困難ではないだろうが、かなり難しいに違いない。

 ところで米国は、中国とホンハイがそうしたように、どのように米国へ製造業を回帰させようとしているだろうか。報じられたように法人税の引き下げがある。ただ、あまりそれ以外のもので目立ったものはない。

 例えば一般的に「製造業」や「メーカー」という言葉を発するとき、どうしても私たちは工場のイメージをもつ。しかし、実際には工場で働く人たちだけが労働者ではない。マーケティングや商品企画、R&D……などの分野も雇用であり、必ずしも実際のモノづくりだけに雇用を戻す必要はない。

 冒頭で私は自動車メーカーでの経験を紹介した。安価な労働力だけではなく、真面目さも提供している国があるとしたら、なかなかその国との競争は難しい。むしろ、先進国なりに知的業務分野での卓越性を目指すほうがふさわしい。

 再び私が調達部門で働いていた頃の話に戻す。労働コストが高い国でも、がんばって新興国並みの見積書を出そうとするサプライヤーがあった。前述のとおり、それは無理をした受注を目指し、利益などを大幅に削ったり、固定費分を稼げていなかったりするものだ(それでもなぜ受注したいかというと、労働者を遊ばせるよりはマシという判断から)。しかし、それも長くは続かず、無理をしただけ、その後には歪みが待っていた。

 トランプ大統領が述べる、「米国回帰」が、工場作業者の回帰だけを指す単純なものとは思わない。ただ、いったん後塵を拝した分野でふたたび優位に立とうとするより、違う闘い方を模索したほうがよい、と少なくとも私は思うのだ。