愛国心マーケティング

〔写真=JMPA代表撮影(渡部薫)〕

 これは、ストーリーを使ったマーケティングであるのと同時に、愛国心マーケティングといってもいいだろう。というのは、どうしても、オリンピックの時期は国家の高揚に使われる側面をもっているからだ。

 たとえば、公益財団法人「日本オリンピック委員会」は、キャラクター同士の会話を通じて、明確にこう書いている。

 「オリンピックは国同士の競争ではなくて、その競技に出場する選手やチーム同士の競争です、と定めているんだ。」
 「でも、表彰式では勝った選手の国の国旗をかかげたり、国歌を演奏したりしているよ。」
 「それは、メダルを獲得した選手たちをたたえるための、ひとつの方法としてやっているんだ。お父さんも含めて、みんなはメダルの数を国別で数えたりして、ついついオリンピックを国同士の競争のように見てしまいがちだろう? でも、オリンピックで勝利をおさめた栄誉は、あくまでも選手たちのものだとオリンピック憲章では定めていて、国別のメダルランキング表の作成を禁じているんだよ。」

 ということで、「国別のメダルランキング表の作成を禁じている」にもかかわらず、私は「日本は何個のメダルを獲得しました!」という報道しか見たことがない。それに、韓国と北朝鮮の動きは、オリンピックを政治利用しているとしかいえないだろう。

 ただ、これは政治的な話を書くコラムではない。現状ではオリンピックがナショナリズムや政治に利用される可能性を指摘しただけだ。そして商売人としては、この機会に愛国心を引き出す手段として考えるのは、むしろ当然のことだ。

 たとえば、DICK'S Sporting GoodsのCMなど、モロでなかなか興味深い(何度も繰り返すが、これは皮肉ではない)。政治がズダズタに分断したアメリカ。しかし、周りを見渡せば、スポーツを仲介に、ひとびとは明るく暮らしている。そこには階級も人種も関係がない。スポーツの力で、分断されたアメリカを、人種もイデオロギーも越えて、ふたたび統合させる――そういった夢を描いたCMだ。

 もっとも、企業が社員をオリンピックに選手として送って、彼ら・彼女らにCMに出演してもらえばいいかもしれない。そのほうが、自社を有名にすると同時に、もっと愛国心が煽られるかもしれない。欧米では、社員を選手として育てることの投資対効果について論じたサイトがいくつもある。ただ、残念ながら、なかなか大企業以外は難しい。オリンピックに出ただけでは、一瞬の有名人として終わる。もちろん、メダリストになれば話は違うだろうが、それまでのコストを考えると、かなりリスクが大きい。紹介した企業を含め、そのほとんどがブランドイメージ向上を狙う資金的な余裕があるグローバル企業がほとんどだ。

 オリンピックには、一部の大企業を中心としてマーケティングが行われる。さらには、スポンサー企業も大企業に偏ってきている。オリンピックを舞台に、物語が消費され、そして愛国心高揚の一部として使われる――。

 ここまで書いてなんだが、いや、ここまで書いたからこそ、そのなかでも、小平奈緒さんを支えた相沢病院と、物語とかストーリーを超え技巧的な可憐さで世界を魅了した羽生結弦さんには、特別な拍手を送っておきたいと思う。

 それは反時代的、という意味において。