同じ製品を国内と海外の2拠点以上で生産する場合、為替変動に応じた工場稼動率の調整はやりやすい一方、複数の拠点で同じ製品を生産するために、同じ性能や品質レベルの部品を複数のサプライヤーから購入したり、単独拠点のサプライヤーから複数拠点へ部品を供給したりするなど、追加で発生する管理コストや輸送費の問題をクリアしなければならない。同じ製品で2つのサプライチェーンを管理するのは非効率な側面も存在する。こういった工場稼動率のバランスコントロールは、状況に応じて対応を微調整する手段であり、果たして国内回帰と呼べるかどうか議論が分かれるところだ。
もう1つは、国内工場に生産戦略上、他国の工場にはない付加価値や機能を持たせる場合だ。2012年の日本国内における生産回帰の動きでは、キヤノンが国内外の生産比率を4(国内):6(海外)から6:4へと、国内工場の生産割合を引きあげると発表された。しかし生産を拡大する国内工場は「無人化」を目標にしており、生産の国内回帰によって雇用が戻るといったストーリーは描けない内容だった。
またTDKの場合は、国内に新設する工場を「マザー工場」とし最先端の生産技術を生みだす拠点にする位置付けだった。この場合、生産技術やプロセスの開発に軸足が置かれ、高い付加価値を生みだす可能性を秘めているものの、直接雇用拡大に結び付く施策ではなかった。新たに生みだされた生産技術やプロセスが海外工場で実現される可能性は高く、生産が日本国内へ回帰し、雇用が増大するシナリオではなかったのだ。
生産回帰できない理由~生産基盤の逸失
カリフォルニア州のベイエリアでは、Kickstarterに代表されるクラウドファンディングによるモノづくりが盛んに行われている。さまざまな新製品の開発案件が、毎日新たな出資者募集を開始している。一定の審査を経て募集が開始されるため、潜在的には多くの起業家が、アイデアを形にする取り組みを行っている。モノづくりに必要な活力が、米国国内に確かに残っている証だ。
しかし提案される製品の多くは、企画・設計は米国で行うものの、生産は中国や他の新興国の工場で行われる前提になっている。まさにアップルが行っている「Designed by Apple in California Assembled in China」を、各社がこぞって追従しているのだ。現在KickstarterのTechnologyカテゴリーで取り扱われている2万7151件中「Made in America」で検索しても5件しかヒットしない。製品企画や設計、技術的な検討は米国内で行っても、生産はグローバルに広がったサプライチェーンを活用して海外で行う。これが米国のモノづくりの現実なのだ。
2011年以降、米国で注目された生産回帰の取り組みでは、発注したくてもサプライヤーがいないといった事例が報告された。例えばスマートフォンでは、極めて短時間に試作品を製作するメーカーはいても、安価に量産品を生産するサプライヤーは、残念ながら米国には存在しなかったのだ。そういった一般消費者向けの生産が人件費の安い海外へ流出した結果、米国内の生産基盤が逸失した現実を、改めて突き付けられた形だったのだ。
選ばれた経営者が逃げられない理由
今回のトランプ大統領肝煎りの製造業雇用促進会では、米国国内の雇用拡大をともなった生産回帰の方法を大統領に提言しなければならない。選出されたトップの在籍企業は、鉄鋼、化学、自動車、重電から、コンピューターや消費財まで多岐にわたっている。伝統的な企業のみならず、テスラ(2月1日にテスラモーターズから社名を変更)といった新興企業のトップも含まれている、まさにオールアメリカンな布陣だ。メンバー在籍企業の8割がトランプ大統領当選後に株価を上昇させており、トランプ相場のメリットを受けている企業がそろった印象を持つ。トランプ大統領にしてみれば、株価上昇の恩を返せとでも言いたいのかもしれない。
しかし、メンバーが結論を導かなければいけないテーマは非常に困難な問題である。紹介したようにかつての米国や日本が取り組んできた方法論では、企業業績では成果を残せたとしても、雇用の拡大に直結する結論は見いだせていない。製造業雇用促進会のメンバー企業のみ工場の米国国内回帰が実現し、実現した企業へ税制の優遇処置が行われるといった事態は最悪のシナリオである。何より効果が限定的だし、株主からの監視の目が厳しい中で、経済的合理性に合致しない戦略は、経営者自らの首をしめる結果につながる。
日本企業も行ったように、無人工場による生産回帰の実現を想定してみる。これまで生産に従事していた労働者の仕事が失われる。これを一時的とするか、恒久的にするかがポイントだ。新たな仕事はIoT(モノのインターネット)によってスマート化した工場を、モニターを使って監視して生産を維持管理する業務だ。同じ工場で創出される仕事でも、失われた仕事と新たな仕事は全く異なり、労働スキルのミスマッチが顕在化する。マザー工場にしたとしても、生産に従事する労働者は、常に新しい生産方式の中で効率化を追求する一翼を担う存在になる。生産工場でマニュアルを頼りに生産作業従事していた労働者には難しい仕事ばかりだ。
しかし労働者へのトレーニングプログラムを各企業が準備し、失業した労働者のスキルを高度化することで乗り切る可能性も残されている。IoT化を実現させる機械や設備への投資だけではなく、労働者のスキル開発への投資が不可欠だ。失われた生産基盤は簡単には回帰しないが「Assembled in America」だったら経営者がサプライチェーンの変更を決定すれば実現できる可能性が残されている。トランプ大統領が掲げる「Make America Great Again」には、皮肉にもオバマ前大統領が掲げた「Change」が経営者と労働者の双方に必要なのだ。
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