私はビジネス書を30冊ほど上梓している。ビジネス書の書き方ではなく、たまにビジネス書の読み方、といったインタビューを受ける。「仕事が速くなるための10冊」とか「人を魅了する話し方が身につく10冊」とか、そういうたぐいのやつだ。
私はいまも昔も専門書の書き手で、一般ビジネス書はほとんど書いていない。ただ、読書は多くするので「薦めてくれ」、というわけだ。聞き手はライターで、私よりもずっと一般ビジネス書を読んでいる。
しかし取材を受ける側になってわかったのは、ちょっと疑ってしまうレベルのひともたまにいることだ。たとえば私の本を読んでこないのはいいとして、どんなことをやっているのかも調べていない。編集部が私を指定したので、自分は詳しくない、という。さらにメールの書き方や、取材での基礎知識など「??」と思う機会が多々ある。ビジネス書の読書数と、仕事がデキる、とは無関係ではないかと思うほどだ。
この前、働き方改革とか、時短とかの話題のとき、対応してくれたライターは、いつも深夜にメールを送ってきた。やはり、知識があっても改善はできない、ということか。別の機会に複数人で打ち合わせをしていて「年収1000万円の仕事術」的な話題になったので、「では、ここに年収1000万円のひとは何人いますか」と聞いたことがある。誰も手を挙げなかった。編集部は、その特集に熟知していると思うものの、面白い結果だった。
話をちょっと変える。
私は定期的に大阪の某A社と仕事をしている。私はよくその企業が入居するビルに行く。その上階には、有名なソフト開発企業B社が入っている。すると、そのB社の社員が、頻繁にA社のフロアのところに階段で降りてくる(もちろん部外者の侵入は禁止)。そこで、社員同士がおしゃべりをしたり、あるいは携帯電話で誰かと話したりしている。なんでも、同じフロアにいる社員に聞かれたくない話のようだ。私など、そのB社の社員が電話で恋人と別れ話をしているのを“目撃”したこともある。
効率とスピード、そしてセキュリティを売りにしているあの企業がこれ? と卒倒しそうになった。この企業はメディアで好意的に取り上げられていた。
もちろんメディアでは、誇張ではないものの、やや強めに書かなければ伝わらない。話題にもならない。だから、そこらへんは差し引いて読む必要があるだろう。
例えば、テクノロジーも同じかもしれない。毎年、多くの雑誌では、未来予想を特集する。読んでいると、毎年、世界は激変しているように感じる。ただ、実際、一部の人は敏感に変化を捉えるとはいえ、世の中で隅々に瀰漫するには時間がかかる。
変わるもの、ちょっとずつしか変わるもの、変わらないもの。それらを考えつつ情報にあたるのが重要だろう。
CESに隠れていたNRF
米国のラスベガスでは、国際展示会「CES 2018」が開催された。ご存知の通り、これはコンシューマー・エレクトロニクス・ショーの略で、家電のみならずIT機器類や、自動車を含めた最新技術を各社が披露する場だ。日本からも多くが出展している。ここで注目を浴びて世の中に出ていこうとするスタートアップも多い。日経ビジネスオンラインでもCESに関する複数の記事が出ている。
ところで、このCESに比べるとやや知名度で劣るものの、小売業の祭典である「NRF Big show」も2018年1月14日から16日までニューヨークで開かれた(正確には「NRF 2018 Retail's Big Show & EXPO」)。NRFは、National Retail Federationの略で、全米小売協会だ。同じく、ここでは小売りの先端を知ることができる。CESもそうであるように、Big showの様子も、動画などで確認できる。
インターネットの世界はさまざまな技術が百花繚乱で、ビジネスのゲームも入れ替わる。ただし、リアル店舗で販売している分には、その変化の波を感じづらい。何かを仕入れて、店を清掃し、陳列して、売って……といったプロセスのなかに、激変を予期できないためだ。
しかし、このブリック・アンド・モルタルと呼ばれた分野でも、それまでのプロセスを刷新しようと、さまざまな企業が参入している。
小売りの先端事例
たとえば、アリババのカスタマーサービスが、顧客の問い合わせの大半をAIで処理している、といった話くらいは予想の範疇だ。しかし、いま一番の勢いがある下着販売業の「COSABELLA」が、ホームページの自動補正までをAIに委ねているというのは、時代の流れを感じさせる。一般的にA/Bテストといわれ、二通りのページを用意し消費者のウケが良かったほうを選択するこの方法だが、同社ではさらにデザイン、サイズやフォント種類までの選別を機械にやらせている。下着、と思わずに、前述のページを見ることをお薦めしたい。
また、オークションサイト「eBay」の取り組みも面白い。eBayは、販売者が写真を撮影し、それをアップロードする。しかし、その量があまりに多数であり、かつ出品者に応じて、名称の書き方が微妙に異なる。そこで同社は、ソーシャルメディアにある写真と商品名のデータを機械学習させることで、統一感のあるデータベースを作成している。
個人的に面白いと感じるのは、韓国サムスンの提案だ。同社は新しいポップアップのリアル店舗を公開している。もちろんサムスンだから、同社の強みを活かした店舗だ。店舗全体が「つながる」ことを特徴としている。店舗は、ディスプレイで覆われており、小売業者はここを週単位でレンタルできる。ディスプレイで新商品を“陳列”したり、検索できたりする。
そのうえで、やってきたお客をカメラで分析することで、訪問数だけではなく、だいたいの年齢層や、性別などもデータ化する。動線を把握すれば、陳列の改善も可能だし、スタッフとのコミュニケーションも楽になる。
なかには、いまさら? という展示をする企業も少なくない。たとえば、カフェで客がタブレットを使って自分で注文できるシステム。これなどは、居酒屋や回転寿司屋で、画面を見ながら注文している日本人にとっては古いとすらいえる。さらに、スーパーのセルフレジで、画像認識から商品価格を導く、といったシステムも新たなものではない。
多くの展示のうち、大きく取り上げられるのは、顧客のパーソナリゼーションにAIを活用するといったものだ。CESにくらべると地味かもしれないものの、小売りという実務で活用できる技術を紹介しているのでいくぶん即物的だ。
大きく代わる小売業
それにしても、今回のBig showを見ると、猫も杓子もAIを語っている状況だ。消費者が何を欲しているのか、どのタイミングで提供すればいいのか、どうやって陳列すればいいのか、そしてどのような言葉を使えばいいのか……それらとAIの組み合わせは当分、終わりそうにない。
ところで小見出しの、「大きく代わる」とは「大きく変わる」のミスタイプではない。小売業とは、ほとんどAI業になっている。そして小売りを語るとは、もはやテクノロジーを語ることになっている。
冒頭で書いたとおり、業界の先端でさまざまな取り組みがなされているとはいえ、それら技術が世界を完全に覆うには、もっと時間がかかるだろう。先端の食品卸売業はビッグデータとAIを活用するかもしれないが、商店街の八百屋はまだまだ変わらない。
そしてなかにはAIといっているものの、名前だけのものもある(単なるデータベース技術では、と思えるもの)。さらにAIといっても、その投資対効果に見合うのか。結局はこれまでのように販売しても売上高や利益は変わらないのではないか、というリアルな検証が必要になるだろう。
その意味で、今年はAIがバズワードから、現場に降りてくる年になるだろう。より多くの可能性を感じる年になるか、肩透かしを食うか。もちろん私は前者を期待しているものの、いくぶん冷静に見守っていきたい。
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