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調達・購買の明日

 突然、話を変えるようだが、私は何回か転職した。そのうち某社の調達・購買部門は、いま思い返してもすぐれた結果を残していた。社内からの評判も高かった。その調達・購買部門で、トップから驚くべきことを聞かされた。「調達・購買部門ができるのは、日本の空洞化だ」と。それが冗談だったのか、あるいは、レトリックだったのか、皮肉だったのか、逆説だったのか、それはわからない。しかし、違う社員からも、そのトップが同様の内容を話していたと聞いた。きっとそのままの意味でいっていたのだと思う。

 実際に、中規模企業、小規模企業の売上で見るとおり、たしかにトップの狙い通りになった。

 しかし、私は、これが望んでいた姿なのかと、ふと思う。

 いまの日本は、かつて製造業で栄華を誇った時代の愉悦と、そしていつのまにか中国に後塵を拝するようになった現代の悲しみとが、明暗のようにそそり立っているように思われる。時代はめまぐるしく変わり、情報にいくらでもアクセスできるようになったにもかかわらず、その濁流のなかで次の方向性を定められず停滞している。

 冒頭で無気力な部員たちについて書いた。しかし熱意があって、空洞化を狙い、そしてその通りになったら、次は地盤沈下を憂いているのだから、調達とは哀しい仕事にほかならない。しかし、何かを変えなければならないことだけははっきりしている。

 そして、結論はまったく凡庸なものになる。企業は国内に残す技術と残さない技術を決める。残す技術はサプライヤー含めて強固な基盤をつくる。そして、これまでのように永久の取引関係を前提とするような関係から、比較的に短い取引期間を覚悟したうえでの売買関係に移る。取引先各社は、元請け依存の体質から脱却し、販売先模索を図る。他国以上の現場データをもっているので、その活用を図る。

 2014年からはじまったこの連載は、5年後、今回をもって最終回となる。これまで海外の事例を紹介し、そこから日本企業へのヒントを抽出しようとした。しかし、状況が異なれば、ある施策は効かず、まったく同じことをやっても弊履と化す。ではなぜあのサプライチェーン施策は上手くいって、ある施策は上手くいかなかったのか。それは場合による、としかいいようがない。もっと正直にいえば、現代の複雑系たる世界のなかで、単純な成功法則があるはずはない。

 この連載を通じて、私が学んだのは、とにかく企業の施策はトライアンドエラーを繰り返すしかない、そして、その実験速度をあげるしかない、ということだった。なによりも、日本の企業が学ぶべきは、先端企業群の決断の早さではないだろうか。その意味で、コンサルタントの仕事は、もはや背中を押すことだけかもしれない。

 5年後に私はどのように振り返るだろうか。