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 そんなこんなで、講演の仕事も多くなってきた。ある日、日経BPが主催した講演会に呼ばれた。調達・購買の重要性を語ったあと、控室に戻ろうとしたとき、日経ビジネスオンラインの担当者に声をかけられた。そこからこの連載がはじまった。1回目のタイトルは「中国調達バカと生産回帰バカにつけるクスリ」で、2014年1月のことだった。他人のことをバカ呼ばわりする人間はバカに違いない。これまで、ただただ製品が安価だと中国調達を追い求めてきた調達・購買部門と私を自虐的に述べ、その後、生産回帰しようにも、生産を請け負ってくれるひとがいなくなる予想を書いた。

 そこから5年がたった。

アメリカと生産回帰の虚像

 アメリカが製造業を捨てた80年代。捨てた、という表現はふさわしくないかもしれない。なぜならいまでも製造業者が存在するからだ。それならば、アメリカが製造業に重きを置かなくなった80年代とでも表現すればいいだろうか。その80年代から、中堅のエンジニアがいなくなり、製造業は本格的に戻ってこようにも戻りようがなくなった。

 ITが産業の花形となり、モノからサービスへの転換が生じたとき、反動的なトランプ大統領が生まれたのは皮肉だった。アメリカ第一主義を叫び、製造業の復権を掲げ、さらには製造業の雇用増加をねらい、海外からの輸入を止めようとした。それはうまくいくのだろうか。

 先日、ATカーニーが公開したレポートは興味深いものだった。「アメリカの製造業は、それほど群をなして戻ってきていない(US manufacturers are not exactly coming back in droves.)」とした。

 面白いのは、この調査が低コスト国を調べた点で、低コストの14の国と地域から米国が輸入する額はむしろ急速にあがっているとする。リンク先に掲載されているグラフに付記された調査対象国を見ると、中国(香港)、台湾、マレーシア、インド、ベトナム、タイ、インドネシア、シンガポール、フィリピン、バングラディシュ、パキスタン、スリランカ、カンボジアとある(注・グラフでは香港と中国を別表記しているため合計で14の国と地域となる)。中国と米国の貿易戦争ばかりが注目されるものの、低コスト国として調査範囲を拡大すると、いまだに米国への生産回帰はたやすくないことがわかる。

 低コスト国で組み立てている製品をそう簡単には引き上げることはできない。さらに、このレポートがいうのは、アメリカにはもはや熟練工がいないのだ(the domestic shortage of skilled labor for manufacturing operations)。生産が戻ってきても、引き受け手がいない。

 完全に機械化・自動化されたラインであれば、製造業者はアメリカに新工場を建ててもいいかもしれない。しかし、それは雇用を生まない。さらに半端な機械化ならば、まだ低コスト国で生産したほうが割は合う。

 もちろん、企業によっては、減りゆく熟練工の状態をただ見ているわけではない。紹介されているとおり、GEが若手技術者を育成したり、教育にお金をかけたりしている。しかし、社会全体では、中長期的な施策は別としても、やはり目の前は、やはり低コスト国から調達するしかない、というわけだ。

 なお、このレポートは、その他、ハイテク産業のサプライチェーン変容についても書かれているため、一読の価値がある。