知識は堆積するだけ、体験は熟成されていく

川島:会社員の中には、組織のコマであることを強いられて、自分が願う仕事もできない、自分の行きたい道を探る余地さえない人も多いと思うのですが。

新井:私は、会社が一人ひとりの社員に対して、自分の志を持てるようにすることが大事と考えてきました。志が持てない人というのは、クリエイティブじゃありません。なぜなら、将来の自分にビジョンを持っていないのですから。極端に言えば、そういう人は、ルミネで働くには不適格くらいなことを言っていますね(笑)。

川島:ルミネの場合、「企画を考えてみなさい」「プランを描いてみなさい」といったレベルに終始するのではなく、実際に売り場や店を作る、あるいはイベントを開催するといったように、具体的な形にするまで、責任を持たせていますよね。ああやって、実際に形にしてみて、思ったようにいかない時には、担当の責任が問われそうですが。

新井:何かあった時に責任をとるのは上の役割で、当たり前のことを当たり前にやるだけのことです。

川島:何だか新井さん、かっこ良過ぎます(笑)

新井:いや、まずは誰にでも挑戦する場を与えること、させてみるというのが大事だと思っているからです。自らが身をもって経験したことは、堆積され熟成されていくのです。そして経験を重ねれば重ねるほど、自分の中に使える引き出しが増えるわけですから、人としての幅も奥行きも出てくるはずです。

川島:でも会社では、身体を動かして経験する前に、企画書や報告書、会議のための資料作りなど、いわゆるデスクワークに忙殺されている人がたくさんいます。

新井:知識は堆積されるかもしれませんが、それだけでは血となり肉とはならないのです。表層的な知識をいくら詰め込んでも、いつかは忘れていくだけのこと。一方で、経験はとても貴重なことであり、体得した経験は熟成されていきます。若い時から挑戦してほしいという真意は、そこにあるのです。

川島:でも、何でも書類にまとめるクセがついてしまいがちです。

新井:会議で分厚い書類が出てくるのはまったく意味がない、と私はいつも言っています。それでもやっぱり用意してくる人もいますが(笑)。どんなに崇高な考え方や書類であっても、実現しなければ意味がありません。ましてや仕事ですから、マーケットに見合わないものをやってもどうにもならないのです。

「いつかはエベレストに登らなければ」

川島:経験を生かしながら、さらに挑戦を続けていくためには、どんな心構えが必要でしょうか。

新井:ひとつ山を越えたら、次に向かって欲しいと思います。社員には常々、「富士山を登っていて、いいところまで行ったと思っているようだけれど、いつかはエベレストに登らなければダメだよ」と強く言ってきました。社員の中には、ピンとこない人もいるようですが、そこそこのレベルの日本の高みでとどまることなく、世界最高の高みに挑むくらいの意志を持ってほしいし、そうでなければダメだと思うのです。

川島:新井さん、やっぱり厳しいです!

新井:なぜ高い山に挑戦すべきかというと、高い山は雄大な裾野を持っていて、それは低い山に比べると、圧倒的に大きなものだからです。企業が高い山を目指すならば、当然、広い裾野=業容を備えていなければなりません。広い業容があってはじめて、山という存在はどっしりとして安定感を持つのです。そして業容拡大とは、ただ広がればいいというものでもないのです。それぞれの業容が意味のあるものでなくてはならないし、しかも、企業の理念と密接に結びついていなければなりません。

川島:ルミネの企業理念は「わたしらしくをあたらしく」です。「わたしらしく」という独自性と、「あたらしく」という鮮度や創造性が大事になってきますよね。

新井:どちらも、これでいいというものがない、終わることがない考えなのです。だから、越えた山の次には、もっと高い山が見えてくる。そして山が高くなればなるほど、しっかりした土台と基軸を持っていることが大切になってきます。そもそも企業は何を目的としているのか――。企業には必ず理念や志があるはずです。将来に向けて何をやっていくのか、社会とどのようにかかわっていくのかといった企業が目指す方向性を、頭でとらえるより、身体も含めて自分の腑に落としているのかどうか。本当の意味で理解することが大事です。身体で意識するということは頂上の高みをのぞみながら、足元を確かめ確かめ、着実に登っていくことを意味してもいます。

川島:登れるかなと思案ばかりしていないで、考えながら登り、登りながら考えよということですね。

(第4回に続く)