平松:ええ。“俺様”と“俺”との目線の違い、とても重要だと思います。“俺様”というのは、言ってみれば、ひな壇の上から眺める目線でモノづくりしている感覚。いわば王様状態なので“俺様”。一方、“俺”というのは、上から目線のつもりはなくて、使い手とフラットに肩を並べて、モノづくりをしている感覚があるけれど、やっぱり作り手の気配がありありとうかがえる感じ。

川島:なるほど、上から目線ではなくフラットではあるけれど、「これ、つくったの、俺」と主張している。“貴女のため、貴女への思い”より、“俺のため、俺のこだわり”が前に立っている感じですね。

平松:自分が作ったモノに愛情を持つのは当然だし、それがないよりは、うんといいと思います。ただ、愛着があり過ぎるものって、日常生活のなかに置いてみると佇まい自体が主張するんですよね。だから、「ちょっと困る」となってしまいます。

川島:その通りです。一方、このお話から派生して考えると、“自己愛”で成立している分野もありますね。一部のクルマや時計は、“俺”に共感する人が買って、“俺”を見せびらかしたいから乗ったり身に着けたりする。そこでの“自己愛”は、分かる気がするのです。でも、毎日使う台所で、“俺”って主張されても。

平松:そこなんですよね。生活家電は、服飾品や嗜好品とは決定的に違う。だからこそ、台所で「えっへん」とされたら気になるんですよね。だから、“自己愛”をいったん捨てていただけるとありがたい。

川島:そういうものって、“男の炊飯器、男のトースター”になっている。そうじゃなくて、“女子供目線の炊飯器やトースター”、出てきてほしいですね。

手仕事の面白みを奪っている

平松:私も切実に欲しいと思っているのですが、これがなかなかなくて。工業化が進んで、暮らしが便利になる過程で、次々に生まれてきたのが家電です。確かに、便利になったのはいいのですが、実際のところ、そこまで便利にしなくてもという領域があるのではないでしょうか。手仕事の面白みを、逆に奪ってしまっているものがたくさんある。

川島:そうですね。家電に頼らなくても、手で使う道具で十分できることって、意外とあります。

平松:家電が便利になればなるほど、自分が何を選ぶのか、何を選ばないのかが大事になってくると思います。

川島:なるほど。消費の周辺のこと、次回は是非、うかがってみたいと思います。