吉野中学校のハコものがたり

 「いずれに町中が箱だらけになればいいですね」

 若杉氏はまた別の「ハコだらけ」を紹介してくれた。場所は奈良県吉野郡、吉野桧で有名な地域だ。ここにある吉野中学校の新入生は入学すると不思議な光景を目にする。一番初めにやること、それは自分の机作りだ。

 フレームこそ金属だが、机の本体は吉野桧を活用している。すべてを木材で作ってしまうと、どうしても強度の面で問題が生じるからだが、桧の触感は十分得られる。

 「地元の名産物を知って愛着を持って欲しい、地元そのものにもさらなる愛着を持って欲しい」。

 吉野町議員の中井章太氏のこうした想いから一連の活動が始まった。吉野中央木材の石橋輝一氏が吉野側の制作チームのリーダーをつとめた。机のメンテナンスは地元のボランティアがやってくれている。

 この机、金属のフレーム部分を取り外せば、木の箱が残る。3年間を過ごし、卒業式を迎えた生徒たちは「箱」を持ち帰れる。

 何かに使う意図があるわけではない。言ってみれば、何に使っていいか分からない普通の箱だ。とはいえ3年間、苦楽をともにした箱だ。愛着もひとしおだろう。実際、卒業時、生徒たちは箱を後生大事に持ち帰るという。若杉氏は箱の未来に思いを寄せる。

 「きっと在学中、いろいろな物語がそれぞれの箱にあった。卒業した後も、同じ箱を持つ人同士の間に、箱に端を発する連帯感やコミュニケーションが生まれる。そこから新しい物語が出来上がってくる、そんな風になるといい」

 今後、箱たちはそのまま家で使われていたり、何かの部品やオブジェの一部となって町中に出現したり、色々な物語を創り出すだろう。そんな気がしてきた。10年後くらいに、吉野の里にふらりと立ち寄り、それぞれの箱の物語を見てみたい。

昨日の敵こそが今日の友

 「継続は力なり」というが、スギダラの活動ほどそれが当てはまる事例を私は見たことがない。

 自分たちの仕事のない休日に手弁当で日本各地を回り、町興しをする。これと決めれば、とにかく諦めずにやり続ける。毎週の休日、そしてそれを何年も。

 出かけては色々な人と会い、色々なイベントをする。身入りは一切ないし、最初のうちはほとんど誰も見向きもしてくれない。

 「さすがに何ら身入りのないまま、数カ月が経ち、1年が経つと、『よし、やろう!』と心を一つにして始めた仲間たちの中から、一人二人と離れて行くこともあります。でも、それはそれでいいと思うようになりました。『腹をくくっているかどうか』が分かるだけです」

 さらに数年が経つ。小さな光が見え始める。余所者に何ができるかと傍観していた市民もいつしか協力してくれるようになる。

 スギダラの活動を目の当たりにするにつれ、時にはブレーキ役だった行政の一部が賛同者にまわり、事態が動きだす。新しい賛同者たちは人々の「役に立つ」ことを肌で感じ、「ああ、だから『役人』だったのか」と笑う人も現れる。そんな動きが連鎖して、街中が動きだす。

 やればやるほど、昨日の敵が今日の仲間となり、その盟友を増やし続ける。スギダラの会員数は今や2000人に達しようとしている。彼ら彼女らは日本全国の様々な産業、様々な組織、様々な職位に散らばり、日本各地での活動を支え合っている。

 次なる騒動はどこで何が行われ、どうなるだろう。今から楽しみだ。