「木から始まり、空港の新しい価値が見えてきました。通過するだけの施設ではなく、地域と世界を結ぶ拠点、そして地域の窓口としての空港。木の箱の館から名付けられた函館。原点へ帰って、木のハコから始まる空港へ、それがハコダケホールであり、ハコダケ広場なのです」

 函館空港の木づかい大作戦では、ご当地の“ゆるキャラ”として『ハコダケくん』を登場させた。鈴木氏のお子様たちが描いてくれた絵からキャラクターをデザインした。

 ハコダケくんのデビューは函館空港のハコダケホール。5人のハコダケくんが踊りながら現れた。扮したのは、佐藤さん(北海道渡島総合振興局)、鈴木さん(ハルキ)、ハルキの春木芳則社長の息子さん、そして若杉氏が所属する内田洋行のデザイン専門会社パワープレイスの若手、坂本晃彦さんと近藤怜さんだ。

 「涙が出るくらい面白かった。ひょうきんで愛らしくて。自分で言うのも何ですが、凝ったデザインをしていないところがいい。おそらく日本で最も安い、着ぐるみでしょう」。若杉氏は笑いながら説明してくれた。

 「最初、佐藤さんは嫌がっていたらしいですが一度被ってしまえばもう大丈夫。子供たちや皆が喜んでいるのを見ると止められなくなったそうです」

このままでは日本から森や林が消えてしまう

 日本全国スギダラケ倶楽部(スギダラ)の発足は2002年、南雲氏、若杉氏、そして千代田健一氏の3人のデザイナーが始めたものだ。

 日本は世界第3位の森林大国だが木材の自給率はざっと30%。豊富な木材を持ちながらにして、70%もの木材が輸入されている。そこで「木材の産地で地産地消のビジネスモデルを作ろう」と思い立ち、3人のデザイナーは休日を利用し、手弁当の活動を始めた。

 それから14年。先に触れた通り、地元の杉を使って宮崎県日向市の小学生が屋台を作った。前例と常識を覆し木材をふんだんに使い、日向市の駅舎が造られた(日向市の駅舎についてこちらを参照)。いくつもの奇跡がスギダラと現地の人たちのチームによって起こされてきた。

 函館空港にハコだけ広場を作って以来、若杉氏のマイブームは「子供たちのための場作り」になっている。いわゆる「木育広場」の展開だ。

 たとえば無印良品。元からあったキッズスペースを拡張し、「木育広場」としてリニューアル。親子でくつろげるスペースとなり、滞在時間も長くなった。ゆっくり商品を見られることにつながり、スペース拡張以降の売り上げは好調だそうだ。

 さらにはドコモショップの栗東店、能登川店の「木育広場」。一瞬、茶室か何かと間違えてしまいそうなこの部屋、子供たちの待合スペースだ。大人が携帯電話の機種交換などをしている間、じっと待つのは子供たちにとって相当な苦痛だった。

 滋賀県産の木材をふんだんに使った木の温もりのあるこのフロア、子供たちは木の温もりを五感で感じ、自分で時間の使い方を考え、楽しみを生み出す。子供たち同士、その子供と家族、そして家族同士、世代を超えての地域交流を狙っているという。

 「本来、子供は想像豊かです。テレビアニメのキャラクターが置かれていなくても、その辺の石ころだって、人や乗り物に見立てて遊べます」

 親が買い物や用事を済ませている間に子供たちを遊ばせておく場、いわゆるキッズコーナーやキッズスペースのデザインを見るにつけ、若杉氏はがっかりしていたという。「とにかくカラフルにして、角の丸いクッションでできた玩具が置いてあるだけ」だったからだ。こうしたものは大人が手抜きをした結果に過ぎないと若杉氏は指摘する。

 「色を付けておけば子供が喜ぶとか、怪我をさせないことが一番とか、そういう発想には肝心の主役、つまり子供が抜けています。大人が適当に作った偽物を子供は見やぶります」

 スギダラの木育革命は今後も広がっていく。「あ、ここにスギダラが来ている」。木を活かしたスペースがあったら、それはスギダラがやってきた印だ。

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