子供向けになっていないというのは、子供たちがやや背伸をしなければならない空間ということだ。慣れないと痛かったり、出来なかったりする。

 例えば滑り台なのか登り口なのか分からないところがある。滑ろうとすると、お尻を打ったりして、それなりに痛い。登ろうとすれば、足が滑り、顔面をぶつけるかもしれない。

 滑ろうとして1回目は尻餅をつき、半泣きに近い困った顔をした子供も、2回目、3回目と繰り返すうちに、スキーのジャンプのテレマーク姿勢のような優雅さで着地できるようになる。登りもまた同じだ。いくつかのアタックの後、ようやく成功し、「登りのスペシャリスト」として得意げな子供も出てくる。

 まさに企画は大当たり。思いの外、ハメを外して大喜びの子供達が続出した。この空間を全国に広げようと、現在展開中だ。例えば、三重県のイオンに入った木育広場がそれで、別称『モッキンガム宮殿』と呼ばれている。

 各地に横展開するにあたり、遊具の上の部分に上ると足が痛くなる突起を付けた。名付けて「子供返し」。子供向けではないとしつつも、「さすがに遊具の上に立ち上がると危ないかもしれない」と考えた上でとった対策である。

 ところがどうだろうか、痛さを我慢しながら子供返しの上を歩き出す子供が出てきたという。

 「まあ、やってみた奴、できた奴がヒーローというわけです」と若林氏は言う。

頭をぶつけて痛くない遊び場なんて

 遊具と言えばすっかり安全第一になってしまった。子供たちが頭をぶつけても痛くないように角のない丸みを帯びた形になっている。いや、痛くないどころか、そもそも頭をぶつけない工夫まで施されている。

 「実社会に出れば危ない事ばかりですよ。子供のときにちょっとくらい頭をぶつけたっていいじゃないですか。『ああ、こうすると痛いや』と感じることって大事だと思うのですよ」

 過度な安全第一主義は子供たちが大きくなった後にツケをもたらす気がしてならない。若杉氏はこう説明する。ハコだけ広場が実際に出来上がってみると、当初の親のかすかな心配を余所に、子供たちはまったく平気で遊んでいる。

 「子供は大人が思っているほど幼くない。普通に何かをやろうとすれば、その思いも、実行力も、大人顔負けです。幼く見えるのは、大人のために子供が子供のふりをしているから、つまりは大人へのサービスですよ」

 若杉氏はこんな考えを持っている。スギダラの活動で宮崎県日向市の小学生たちに屋台を作ってもらったとき、それを痛切に感じたそうだ(『6年生がプレゼン、「私の屋台で街を元気にします」』参照)。

制約があるからアイデアが湧く

 「まさに怪我の光明、いや、巧妙でした」。若杉氏は笑う。

 実は林産試験場から出された難しい規制のお陰で、木材で子供たちのスペースを作る計画は頓挫寸前だった。

 当初は「杉でジャングルジムを作ろう」と考えた。しかし、林産試験場から「ジャングルジムのような大型遊具には色々な規制がある」と知らされた。

 ハードルが有れば有るほどスギダラチームは燃え上がる。首をかしげる関係者にスギダラの面々は言い切った。

 「遊具ではない、遊具とは思えない、しかし、遊具と見えてもいい、新しい空間システムを作ります」

 「安全で、簡単で、誰でも出来るなんて、面白くない。危険なものを作るつもりはないが、大人も含めてワクワクするものを作ります」

 こう宣言した若杉氏は語呂合わせをまた一つ加えた。「バリアフリーを止めてバリアアリーにします」

 何かを捨てた途端、新しい道が開けた。「窮地に追い込まれたら、複雑だった構造やデザインが急にシンプルになりました。林産試験場のお陰です」

 難しい事を言ってしまったと気にしていたのか、林産試験場はその後、スギダラに協力を惜しまなかったという。新たなスギダラの盟友ができたわけだ。

「木は人を呼ぶ!」と確信した

 ところでなぜ、空港に木なのだろうか。木材業ハルキの鈴木氏たちが函館空港の施設で「子供達向けの木育イベント」を開いたことが発端になっている。

 一部有料のイベントに何人来るのか、疑問視する向きもあったが、2日ほどのイベントに1500人も集めてしまった。木育イベントのために、わざわざ市内から空港までやってきてくれた。

 空港側も驚いた。誰もが皆、そのときに「木は人を呼ぶ!」と確信した。若杉氏は熱く語る。

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