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「土も虫も嫌いだった」

 帰国すると、英語力をいかして貿易会社に再就職した。そこでお金を貯め、次はフランスに渡って、「WWOOF(ウーフ)」に参加した。有機農業を手がける農家などと生活をともにし、農作業を手伝ったりする活動だ。

 デュラントさんはもともと「土も虫も嫌いだった」という。しかも、手伝いに行った先は農家ではなく、スペインとの国境にある木こりを仕事にしている家だった。デュラントさんの仕事は家族の一員として、食事を作ったり、掃除をしたりするなど、もっぱら家事の手伝いが中心。ここでの暮らしは、とても楽しいものだったという。

 結果的にこのときの経験が彼女を農業にいざなうことになる。馬の世話をしているうち、「馬ふんが臭いのは平気。ハエがぶんぶん飛んでいても気にならない」という自分に気づいたことがきっかけだった。のんびりした田舎生活の楽しさも知った。「わたし農業できるかも」と思い始めた。

 帰国したあとも、日本でウーフの活動に参加し、自分と同じ年の女性のもとを訪れた。20代半ばに1人で山梨で就農した女性で、テレビに出たこともあるなどそれなりに有名な人だった。ところが会ってみると、相手が語った言葉は「10年農業やってきたけど、疲れたのでもう辞めます。結婚して、うどん屋のおかみさんとして生きていきます」。すでに離農を決めていた。

 ここで、「なら自分も農業をやってみよう」と思ったことが、彼女のユニークなところだ。「10年たって疲れたら、辞めてもいいんだ。もし辞めても、自分には英語がある」。そのとき彼女はそう思ったという。

 言うまでもなく、いずれ辞めるつもりで農業を始めたわけではない。ただ、「退路を断って悲壮な覚悟で」ではない気安さが、心理的なハードルを下げてくれた。農家の中には「甘い」と感じる人もいるかもしれないが、ふつうの職業の選択なら、転職を認めない「決死の覚悟」のほうが珍しい。というより、そもそも多くの農家が、自分の田畑を人に貸すという形で、農作業から「撤退」している。

フランスの「木こりのおじさん」の家にステイしたことが就農のきっかけになった(東京都瑞穂町)