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国内生産でチャンスがあるのは粗飼料

旧基本法に代わり、99年に食料・農業・農村基本法を作りました。

平沢:新基本法のもとで作った基本計画で、農水省の各部局に対し、品目別に自給率を上げる方法を考えるよう指示してきた。それを受け、いろいろ方策を積み上げれば、全体として自給率向上の目標を達成できますと毎回言っているが、実際のところはできるとは思っていないのではないだろうか。そういうやり方ではダメだということはすでにはっきりしている。

 旧基本法は、農業のどの分野を削ってどの分野を伸ばし、どんな形の農業にしようとしているのかが明確だった。新基本法はそういうことにはもう政府は手を出さないということなのかもしれない。食料や農村の問題とかいろんな理由をつけ、何とか農業を支えようとしているが、日本の農業はどんなものを作っていくべきなのか、そういった全体像は見えてこない。

自給力を維持するためには何が必要でしょうか。

平沢:人口が減り、需要も減ることで、農地と人口の関係が大きく変わる。それを踏まえ、農政のグランドデザインを描くべき時期だ。

 農業労働力に関して言えば、必ずしも先行きは真っ暗ではない。これから外国人がどれだけ入ってくるかがわからないし、ITやロボットがどのくらい役に立つのかもわからない。今まで考えることもできなかった省力化が実現するなら、労働力不足はある程度解消されるかもしれない。

 これに対し、このままだと農地が減っていくのははっきりしている。一方で、もし農地を維持することができれば、人口が減っていくのでこれまでより余裕が出る。それができれば、やり方次第で、何かあったときの備えになる。うまくいけば、自給率を改善することにつながるかもしれない。

平沢氏が提案する解決策の1つが放牧

 マーケットに任せたらいいという考え方もあるのかもしれないが、それだけではうまくいかないと思う。とくに水田が改廃し、荒れ地が増えていくのは確実だ。今の勢いで野菜の生産が減っていくなら、野菜を作るという手もあるが、それにしても田んぼの余剰は大きい。それを安定的に使うには、野菜ではなく、やはりコメ以外の土地利用型の作物が必要になる。

 もし、国内生産でチャンスがあるとすれば、トウモロコシの実と茎葉を発酵させるサイレージや、牧草などの粗飼料だろう。粒の形で輸入する飼料穀物と違い、かさばるので長距離輸送にコストがかかる点が、国内生産の強みになる。それと放牧を組み合わせるのが、一番効率的だ。いま放牧は増えるどころか減っているが、放棄地をつなげるなど工夫すれば可能性は十分にある。


 ややマニアックに感じるかもしれないが、主張の根幹は極めてシンプルだ。日本の戦後農政は、コメ不足への対応から出発した。そこで主食であるコメの増産を優先し、同じく土地利用型作物である大豆やトウモロコシなどの飼料作物は輸入依存を決断した。

 ところが、それを推進するための農業基本法が制定されると間もなく、コメ余りが顕在化した。代わりに飼料作物を作ろうにも、市場開放してしまった以上、転換は難しい。狭隘な農地で海外産と張り合うのは極めて困難だからだ。しかも、基本法で振興した畜産や園芸も自由化を迫られた。

 こうした状況の中で、農政は個々の経営を強化することで、日本の農業の生き残り策を模索した。だが、法人化して経営規模を拡大する農家はたくさん現れたが、放棄地の増大による生産基盤の崩壊は防げなかった。

 事態を突破する解決策として、平沢氏は欧州研究の知見を踏まえ、粗飼料の生産と放牧による農地の保全を提案する。両者の組み合わせは、肉牛の生産に新たな展望を開く。そこでは霜降りではなく、赤身肉の振興がテーマになるが、いよいよ専門的になるので、ここでは割愛したいと思う。

 最も重要なのは、マクロとミクロの関係だ。経営強化による産業振興と、食料問題への対応が一致すれば話は簡単だが、農政と農業の戦後の歩みをふり返ると、むしろその難しさが浮き彫りになる。冒頭に掲げた提起に戻ると、原因が「農業関係者の怠慢」で片付けられるのなら、処方箋を書くのは難しくない。そうでないからこそ、農政のパラダイム転換が必要になる。

いくら農業を強化しても、放棄地は増え続けた

砂上の飽食ニッポン、「三人に一人が餓死」の明日
三つのキーワードから読み解く「異端の農業再興論」

これは「誰かの課題」ではない。
今、日本に生きる「私たちの課題」だ。

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