五味五色五法に三心を

もともと柔らかくて、香りが繊細な野菜を求めていたのですか。

野村:出たばかりの新芽を摘めば、同じように葉脈の柔らかい野菜を得ることができるでしょう。でも、たとえ、そういうものの良さに気づいていても、竹の子の早掘りと一緒で、その新芽を集めてくれる人がどれだけいて、市場にどれだけ出回っているかを考えれば、買うことは不可能に近いんです。

工場野菜を使うことに抵抗感はありませんか。

野村:食品表示法はどれだけ守られているんでしょうか。現実をほとんど知らないで、「地面から生えてなきゃダメだ」とか言って意味がありますか。いろいろなことが今、刻々と変わってます。餡の中に水菜を混ぜて彩りを添えたいとき、葉脈のしっかりしたものを入れたらどうなるか。

 料理にとって食感は大事なんです。新しい文化をいろいろ試してみて、その中で自分のものを構築していかなければ、何だってアップデートできません。もちろん、伝統文化を守るためなんですけど、新しいものにチャレンジしないと何も残らないと思います。

仏教に由来する精進料理ならなおさら抵抗はありませんか。

野村:僕にとって精進料理は「五味五色五法を駆使し、淡味を引き出し、そこに三心を添えたものを精進する」というのが定義です。

 五色はいろんな彩り、五味はいろんな味で楽しませ、五法は煮たり焼いたりいろんなやり方を駆使して素材の持ち味を引き出す。

 三心のうち、大心は固定観念を捨てて、大きな気持ちで取り組めということです。お坊さまは肉を食べちゃいけないと思っている人がたくさんいるのかもしれませんが、じゃあ本当にそういう経典のもとに仏教をやっているお坊さまは世界にどれだけいるでしょうか。肉を食べていたら、「あんなものは坊主じゃない」と言い切れますか。

 喜心は、例えばワサビはどこのものがいいのか。僕は溶きワサビにするときは、静岡の天城のワサビを使います。ただ、ワサビそのものを味わっていただくとき、かんぴょう巻きに塗るようなワサビは、島根の匹見のワサビを使います。野菜だけで食べさせたいって思うのなら、いろいろ探し、どれがいいのかを見つける労力を惜しむべきではないんです。

 最後に老心、思いやりです。うちの御常連には100歳の方もいらっしゃいます。葉脈が硬い野菜は若者ならちょっと口に当たるということですむのかもしれませんが、100歳の人にとってはどうなのか。葉脈が柔らかいってことは、どれほど効果があることなのか。

 今ある文化は新しいものを随時取り入れて、更新してきたものじゃないですか。その人にとって最高のものはどういうものなのかを考えるべきだと思います。それを探すときのポジティブさが大切なんであって、試しもせずに排除したら、大心、喜心、老心を外すことになります。

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