このあたりで、青木さんが思い描く農業の意味を総括しておきたい。「面白くてしょうがない。これからです。いま農業の世界の入り口に立ってます」。ただし、売り上げでみれば、年に数十万円しかなく、家計を支えられる金額ではない。冒頭に「兼業農家のバリエーション」と書いたのはそういう意味だ。

 これは、経営規模が急拡大しているプロ農家とは分けて考えるべきだろう。一方で「農業はもうからない」とぼやく多くの農家ともタイプが違う。青木さんには夫の収入がある。それでも農業を続けるわけは、義父母の言葉を借りれば「土地を手放さないため」となるが、向き合う姿勢はもっとポジティブだ。

両手で受け取る

 青木さんはそれを「わたしの夢はパート農業」と話す。金額からみれば、たしかに「パート」という表現は適切だが、必ずしも消極的な言葉ではない。農家の女性の多くは、家族経営の「無償の労働力」とみなされてきた。だが、青木さんは無人販売で缶に入ったお金をみて、「自分のお金」を実感することができた。

 無人店舗で顧客とばったり会ったときは、「両手でコインを受け取ります」。この感謝の気持ちの背景に、「すごいしんどい」という畑の仕事がある。家計に埋没する農家の女性の「労働の対価」がこうして形を結ぶ。パートもれっきとした経済活動なのだ。「それがあったから、がんばってこれました」。

 「時給に換算すれば、ふつうの半分にしかならないかもしれない」。青木さんはそう話しつつ、「友だちはたくさんできました」と目を輝かす。「農家です。地下足袋はいてやってます」。そうあいさつするだけで、会話がはずみ、ネットワークができる。これも、青木さんが発見した農業の魅力のひとつだ。

息子の克訓さんと。「代々農家」を未来につなぐ線になるか(東京都多摩市)
息子の克訓さんと。「代々農家」を未来につなぐ線になるか(東京都多摩市)

 農業危機があまりに深刻なために、ともすると大規模で効率的な経営ばかりが注目されがちになる。この連載も、そういう経営を発掘するよう努めてはいるが、一方でそれだけでは平板で直線的すぎて、もっとずっと豊かな農業の世界の全体像をとらえきれなくなる。

 ちなみに、この話にはもう少し続きがある。息子の克訓さんが派遣の仕事などをするかたわら、3年ほど前から畑仕事を本格的に手伝うようになったのだ。克訓さんもまた「農業を続けたい」と話すが、当然ながらそれは、母の幸子さんが模索しながら育てた「パート農業」とは違った形になる。それはこれから克訓さんがつむぐべきべつの物語だ。

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