青木さんも、はじめは自分でつくった野菜を近所の人や友人に配っていた。だが、そのうち「おいしいから、お金払うよ」と言ってくれる人が出てきた。無農薬で育てていることも、「買いたい」という声につながった。家の正面に雨よけになる木箱を置き、トマトやナス、キュウリを売り始めた。

 これが青木さんにとっての農業の意味を大きく変えた。畑から帰ってくると、無人販売店で野菜を買っている人がいて、「あなただったの? これつくってるの」と声をかけてくれた。木箱に手紙が置いてあることもあった。「暑いのに畑仕事をして、安い値段で売ってくれて感謝しています」。こういう反応が、「畑ですごいしんどい思いをしていた」という青木さんを励ました。

レシピを書き、名刺を作り

 「売ること」も意識するようになった。半日かけて収穫し、洗って束ねた小松菜やホウレンソウなどが、売れ残っていることがあった。「くやしいから、レシピを書いて、無人店舗に貼っておいた」。家族や親戚が食べる野菜をつくる農業から大きく踏み出し始めた。

 以前は初対面の人と話すのは苦手だった。だが、「おいしかったよ」と言ってくれる顧客から「エネルギーをもらい」、自分も買い物に行ったとき、店員に「これおいしかったですよ」と声に出して言えるようになった。「青木農園」と書いた名刺をつくり、講習会で積極的に質問できるようになった。

居酒屋のカウンターに置く「かご盛りの野菜」。自分の野菜を食べてもらいたいと思い、青木さんが提案した
居酒屋のカウンターに置く「かご盛りの野菜」。自分の野菜を食べてもらいたいと思い、青木さんが提案した

 本を読み、いろんな野菜の種類を知ると、「どうしてもつくってみたくなり、種を買いあさった」。その結果が、約70種類という栽培品目の幅広さだ。品種だけでなく、畑の土の違いで野菜の味に違いが出ることも知った。

 野菜への思いを伝えたいと思い、義父母の建てたマンションにレストランを開いた。決まったメニューはなく、その時々にとれた野菜で料理をつくる。ターゲットは子育ての終わった主婦層だ。老後にそなえる体づくりのため、きちんとした食事の取り方を伝えたい。「野菜のことをしゃべりたくなっちゃって」と話すその姿から、人と話すのが苦手だったというころの面影はない。

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