需給を締めて米価を上げたツケ

 ややマニアックな内容かもしれないので、かいつまんでおさらいしよう。財政負担で主食のコメを飼料に回し、その結果、主食のコメが減る。量が減れば当然、価格には上昇圧力がかかる。納税者の負担で市場を誘導し、そのあおりが高米価となって消費者の負担にはね返る――。

 生源寺氏が問題視しているのは、いまの自民党農政の帰結として生まれたこうした構図だ。納税者と消費者のダブルの負担で、コメ農家は潤うかもしれない。だが、その恩恵はある例外を除いて社会に還元されることはない。例外とは、選挙でコメ農家の票をあてにする一部の政治家たちだ。

 しかも問題なのは、一連の政策効果の流れが消費者には見えにくいことだ。農政の目的に農業振興が含まれるのは当然。だが、それがたんなる農家保護、そして消費者利益の否定につながる政策を、国民は支持するだろうか。生源寺氏が指摘するように、とくにあおりを受けるのは食費の確保に悩む低所得層。本来、農政のもっと上位の目的は、食料政策だったはずだ。

 いつまでこんな政策を続けるのだろう。農林関係議員には「いまの米価は消費者にとってたいした負担でない」と強弁する声もあるが、ここ数年、需給を締めて米価を上げたことで、コメ消費の減退が加速した。結局、長い目でツケを負わされるのはコメ農家だ。長期的な視野で、農家と農村、ひいては日本の食料問題に貢献することが、農政の役割ではないのだろうか。

農家と消費者の利益のバランスが求められる
農家と消費者の利益のバランスが求められる

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これは「誰かの課題」ではない。
今、日本に生きる「私たちの課題」だ。

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2018年9月25日 日経BP社刊
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