生源寺さんが座長を務め、2002年に提言を出した農水省の「生産調整に関する研究会」がその後のコメ政策の起点になりました。

生源寺:1月にスタートしてから11月まで、ずいぶん議論した。部会も含めると、40~50回は会議を開いたと思う。最初は1993年のガット・ウルグアイ・ラウンド合意で始まった「ミニマムアクセス(MA)制度」のコメ輸入への評価から議論を始めた。農協関係者とそうでない人の両方が参加し、時間無制限で議論した。

 MAについては3月にいったん評価をまとめた。相当な資金を投入していったん国内に入れたコメを海外に出すことで、国内市場には影響を与えないようにしているというトーンの評価を公表した。客観的な情報にもとづく内容だったと思うが、地方などで会議を開いて説明すると「それは違う!」などと激しい口調で罵詈雑言を浴びせられたと記憶している。

議論は「担い手論」へ

議論はその後、「担い手論」に進みましたね。

生源寺:まずテーマは生産調整をどうするかに移った。国ではなく、生産者と農協などが生産調整の主役になるようにする。生産調整を廃止するわけではないが、参加する人と参加しない人の双方が納得できる形にすべきだという議論になった。参加する人にそれなりのメリットを与えるという方向になった。

 生産調整を見直して、もし米価が下落したら、その影響をどう緩和するか。その中で、担い手への支援を上乗せするという議論が出てきた。

都府県で4ヘクタール、北海道で10ヘクタール以上の認定農家を支援の対象にするという方向が打ち出されました。

生源寺:農水省は対象を決める際、「普通の世帯の半分程度の所得を確保できるような規模」を目安にした。ようするに、専業農家や準専業的な農家をしっかり支えようという発想だった。米価が下がったときに薄く補てんする仕組みはそれまでもあったが、担い手にはさらに支援を厚くするのが狙いで、2004年に実施した。

規模で選別する政策は2007年には麦など他の品目にも広げられました。ところが、同年の参院選で民主党が規模に関係なくコメ農家に補助金を出す戸別所得補償制度を掲げ、与党である自民党が惨敗しました。

生源寺:参院選での敗北を受け、自民党政権は4ヘクタールや10ヘクタールの面積要件を満たしてなくても、市町村が認めれば上乗せの支援の対象にするように改めた。私自身は面積で切るのはあまり合理的ではないと思っていたので、この見直しにそれほど違和感はなかった。これから本気で頑張ろうという若者や、将来の担い手候補を増やそうとするのなら、面積で単純に切るのはやや形式的だった。

 ただ面積要件は見直されたが、少なくとも、担い手を支援するという考えは続いていた。民主党政権になってからそこが明らかに変わった。

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