雨はメーンの作物であるネギも襲った。立てられる株は手で立て直した。倒れ伏した5000~6000本は、トラクターをかけて畑にすき込み、畑をきれいにした。一本一本抜いている時間的な余裕がなかったからだ。

 被害はこれにとどまらない。ハウスの苗床にも浸水したのだ。井上さんが見にいくと、キャベツとブロッコリーの苗がぷかぷか浮いていた。あっという間に腐るので、これも使いものにならない。今年はキャベツとブロッコリーをつくるのはあきらめた。「ここまで捨てたのは初めて」という。

 そこでステレオタイプな質問をしてみた。「いま、どんなお気持ちですか」。井上さんの答えは「正直、まあしゃーないかなって話です」。取材を通じ、これこそ良質な農業スピリッツだと感じたのだが、まずは井上さんの当面の対応策にふれておこう。

「うなっちゃいなよ」

 まず「今年はホウレンソウを増やす」。雨のせいで種をまく時期は1カ月ほど遅れたが、「絶望的に遅れたというわけではない」。ちょうど今年は播種機を導入したので、去年より効率的に作業ができる。長雨の影響を受けず、ニンジンも成育が順調。「しゃーないかな」はあきらめのため息ではないのだ。

 それをもっと端的に示すのが、周囲のベテラン農家たちの動きだ。井上さんが台風の後処理に追われるなか、早々と畑に耕運機をかけてきれいにし、いつのまにか新しい作物が植わっている。井上さんは「まるで予測していたかのように動く人もいる」と驚く。

 カギをにぎるのが、見極めの早さだ。「10のうち6がつぶれても、ぼくらは残りの4を捨てきれない。彼らは4ごとつぶし、べつのを植え直したりする」。ベテラン農家たちは「今年はしゃーねーなー」と言いながら、すぐに次に打つ手を考える。井上さんの「しゃーないかな」も、彼らの心の切りかえの素早さに倣った言葉だろう。

 実際、作物の成育がよくなかったとき、井上さんが相談に行くと、「うなっちゃいなよ」という答えが返ってきたという。早めにトラクターでつぶしたほうがいいという意味だ。「畑をきれいにして、次のをやったほうが、絶対お金になるから」。井上さんは「決断力って大事ですね」と話す。家庭菜園や市民農園と、農業で生計を立てるプロ農家とを分ける一線だろう。