もう1人、9月半ばに契約社員として入った33歳の志野佑介さんは、東京農大を卒業し、千葉県で農業法人を経営していた起業家だ。久松農園と同様、有機野菜の多品目少量販売。大勢の家族連れが畑で開くイベントに集まるなど、野菜の販売以外でも経営を工夫し、今年の売り上げは4000万円を見込むまでになった。だが志野さんによると、「いっぱいいっぱいの状態だった」という。
起業家が改めて現場で学ぶ
「大学を出たあとほかで勤めた経験がなく、社長というものがどういうものなのか、経営とは何なのかも分からないまま、つぎはぎでやってきた」。志野さんはそうふり返る。「志野さんの野菜はおいしい」と顧客から言ってもらえても、自分自身は経営に追われ、「タネさえまいてない」ことで悩んでいた。
とくに戸惑ったのが、スタッフとの関係だ。経営者はつねに神経が張りつめた状態にある。一方、社員たちはなぜか週明けのテンションが低い。「休みでリフレッシュしているはずなのに」「何か不満でもあるのか」。自分は社長の仕事をこなせていないと思い、苦しんだ。
「一度、だれかの下で働いてみよう」。そう思い始めていたとき、旧知の久松さんから声がかかった。「新しいチームをつくりたい。手伝ってほしい」。会社は友人に譲渡した。もう一度、現場で働いてみたいという思いもあった。働いてみて、なぜ週明け、スタッフの気持ちにエンジンがかかるのに、しばらく時間がかかるのかもわかるようになった。「あのころはスタッフとのコミュニケーションがうまくいかなかった。反省しています」と話す。
一方、自ら会社を経営していたからこそわかることもある。例えば、「朝令暮改」。トップはその場で最善の判断をしようと思うからこそ、ときに前言を翻すことがある。志野さんは両方の立場を理解したうえで、「組織の雰囲気を大切にしよう」と考える。

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