今回は、平成の農政の重要なできごとをふり返りながら、次の時代に残された課題を考えるための企画の第2弾。前回は、自民党農林族として長く農政にかかわった元農相の谷津義男氏を取り上げた(10月12日「老農林族は女子高生をどう激励したか」)。今回お届けするのは、1998年から約2年半、農水次官を務めた高木勇樹氏のインタビューだ。

 平成の農政でよく知られた大きな節目の1つは、日本がついにコメ市場の開放に踏み切った1993年のガット・ウルグアイ・ラウンドの農業合意だろう。その前年、農林水産省は平成の農政の画期とも言うべき指針を発表した。タイトルは「新しい食料・農業・農村政策の方向(新政策)」。交渉が大詰めを迎える中、迫り来る国際競争に立ち向かう決意を示す指針だった。

 内容は多岐にわたるが、特筆すべきは「経営」を農政の柱にすえたことだ。市場原理と競争原理をそれまで以上に農業の世界に取り入れることを宣言し、自給的な農業や趣味の農業と区別して、家業から企業に脱皮していく経営を後押しすることを明確にした。この流れは、農家の法人化や企業など異業種の参入促進など、具体的な政策となって結実していく。

 この新政策を大臣官房企画室長の立場で中心になって取りまとめたのが、高木氏だ。経営を、農政が追求すべき課題とした新政策はどうやってできたのか。ポスト平成時代に農政が取り組むべき課題は何か。高木氏に聞いた。

「農地制度はまだ改革が足りない」と話す元農水次官の高木勇樹氏