第二の人生で農業を選ぶ人が増えているが、たいていは家庭菜園の延長か、設備投資が少なくてすむ露地の野菜栽培だ。なぜ松本さんはこれほど本格的な施設を造ったのか。理由は就農する前の2年間の仕事にある。会社の新規事業のプロジェクトで、太陽光型植物工場を企画していたのだ。

会社の企画は被災で断念。ならば自分で

 松本さんが勤めていた会社は化学品と食品の2つを柱とする有力メーカーで、福島県相馬市の工場の敷地に植物工場を造ることを計画していた。研究開発が専門の松本さんがその担当者になった。

 プロジェクトは世界の最先端の施設園芸を調べることから始まった。植物工場の研究で有名な千葉大学を訪ね、オランダを1週間視察した。

 そこでわかったのは、オランダの農業経営は「一定の投資をしないと利益が出ない」という考えを徹底していることだった。日本の多くの農家があまりお金をかけたくないと考えているのとは対照的。このときの「気づき」が、松本さんの今の営農姿勢につながっていることがわかる。

 ところが、植物工場のプロジェクトは突如、中断を余儀なくされた。東日本大震災で工場が被災し、「植物工場どころではなくなった」のだ。2年間かけて積み上げてきた企画が、一瞬にして白紙にかえった。

 「もうすぐ定年だ。自分で勉強しながら農業をやってみよう」。松本さんはこうして就農を決意した。妻の実家は古くからの地主で、自宅の脇は生産緑地内の農地。そこで家族が食べる野菜などを作っていたが、就農をきっかけにオランダの技術を取り入れた本格的なハウスを建てることにした。

次ページ 痛みを実感。少しずつ改良を