ワイヤ方式が解決へと導いた難題

 これに対し、北杜市の農場は、頭上を水平に這う金属製のワイヤから、「T字型」で金属製のワイヤを何本も下に垂らし、そこにトマトの木をクリップで留めるやり方を取り入れた。ひもで巻かないのでトマトの木がねじれず、実る方向が統一される。その結果、「反対側に実ったトマトをどう収穫するか」といった複雑なことを考えず、ロボットを使うことが可能になる。

 これは重要な論点だ。オランダは日照と気温とのバランスで年間を通してトマトの栽培に適していて、そのおかげで各国が教えを請うほど効率的な施設園芸を実現した。だが、環境に恵まれて先行したからこそ、かえって熟練作業に頼る余地を残した。トマトをひもで巻く作業がその典型だ。

 効果はさらにある。ワイヤにクリップで留める方式に変えたことで、もう1つ新たな可能性が開けた。ハチに頼らない受粉だ。受粉に使うハチは生態系を守るため、原則として在来種を使う必要がある。だがその育成が国内では難しいため、カゴメはオランダやベルギーにハチを送り、繁殖させて逆輸入している。ふつうの農家はそれができないから、違反すれすれのやり方で外来種を使っている。

 ワイヤ方式がこの難題を解決へと導く。ハチが受粉を助けるのは、蜜を取るときに花を揺らすからだ。カゴメはその機能を代替するため、トマトを留める金属製のワイヤを揺らすやり方を試みることにした。ひもを使う既存のオランダ型の施設は、揺れを「ひも」が吸収してしまい、思うように受粉が進まない。カゴメはそれを克服する技術をこれから実証する。

在来種のハルハナバチの巣が入った箱(山梨県北杜市)
在来種のハルハナバチの巣が入った箱(山梨県北杜市)

 こうした技術は、日本のこれまでの農業の限界を突破し、世界の最先端に迫るチャンスを作り出す。改めて確認しておくべきなのは、カゴメが大企業の資本力に頼り、農業ビジネスを一気に軌道に乗せたのではないという点だ。カゴメは今から約20年前にトマトの栽培に進出し、10年以上かけて黒字化を達成した。ふつうの企業なら、とっくに撤退しかねない時間感覚だ。退路を断ってトマト事業に参入した同社の覚悟がわかる。

 藤井啓吾執行役員によると、トマトの生産に参入したとき、3つの目標を掲げたという。当時の日本では考えられないような収量の実現と、流通の近代化、ナショナルブランドの確立だ。収量に関しては、スタッフがオランダを訪ね、日本のはるか先を行く技術を目の当たりにし、それを日本に導入することを決意した。オランダと比べ、日本は夏の暑さが栽培の足を引っぱる。そのハンディの克服に挑戦し続けた。

 日本の国内だけで見れば、カゴメ系列の施設はすでに収量で抜け出ていた。だが北杜市の施設で、世界のトップランナーの列に加わる可能性が開けた。さらに、ロボット化やハチに頼らない栽培も視野に入ってきた。未来のトマト栽培のイノベーションの芽をいくつも育む施設なのだ。

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