凄すぎる創業者のあとを、息子はどうやって継ぐのだろうか――。日本の農業は今、高齢農家の急激なリタイア期に入っている。その多くは「農業はもうからない」とぼやきながら、後継者を確保できず、田畑を荒らすか、地域の担い手にあとを託す。だが中には、優れた技術をどう息子にバトンタッチするかが課題になっている経営もある。滋賀県彦根市で180ヘクタールの大規模農場を営むフクハラファームもそうしたケースの1つだ。

社員の福利向上に取り組む福原悠平さん(滋賀県彦根市)

 34歳の福原悠平さんは昨年4月、創業者で父の福原昭一さんのあとを継ぎ、フクハラファームの社長に就いた。前回この連載で紹介したように、悠平さんの課題は、父親の卓越した技術をいかに受け継ぐかにあった(9月14日「『ICT活用農場ですね?』に『順番が逆です』」)。それは、外野がもてはやすようなシステム化ですぐ実現できるほど簡単なものではなかった。

 今回はその続編。「カリスマ創業者からの経営継承」という重い課題に、福原悠平さんはどう向き合おうとしているのか。最後に触れるように、父親の昭一さんは今もピンピンしていて、日々農作業に従事している。後進に道を譲るべき「老い」の気配はかけらもない。ではそもそも、福原悠平さんはどんな経緯で2代目の社長に就くことになったのか。

 農家の後継者問題には、いくつかのパターンがある。1つは農業の収益性の低さを嘆き、「息子には継がせられない」とあきらめるケースで、ほとんどの農家はこのパターンに属する。もう1つは「長男は家を継いで当然」と親が息子に強いるケースで、かつてはこのパターンが多かった。

 この連載で何度か紹介している大規模稲作経営の横田修一さんはまれなケースで、農業に前向きに取り組む両親の姿を見て育った横田さんは自然と「農業は格好いい」と思うようになり、大学を卒業すると当然のように就農した。

 福原さんの場合は上記のどれとも違う。前回見たようにフクハラファームは高い生産性を誇っており、「もうからない」と嘆くべき要素は見当たらない。ふつうなら息子に技術をたたき込む姿を想像しそうなところだが、福原さんによると、作業を手伝わされることはほとんどなかったという。

 大学は外国語学部に進んだ。卒業が近づくと、「将来どうするんだ」と聞かれはしたが、「後を継げ」と言われたことは一度もなく、アルバイトしていた飲食店から「正社員になったら」と誘われてそのまま就職した。

 実家で農業を始めたのは、20代後半。就職した飲食店の経営が思わしくなく、親会社の判断で店を閉じることになったからだ。福原さんによると、そのときも「家が自営でいい仕事をしている。今さら就職活動する気になれないという軽いノリ」。後を継ごうという気持ちはまったくなかったという。