多くの人が注目しなくなってから、本当に大事なことが進み始めることが往々にしてある。小泉進次郎氏が挑んだ農政改革で感じるのはそうしたことだ。
小泉氏は2015年10月に自民党の農林部会長に就き、農政の表舞台に立った。「将来の総理候補」の登場は、農業関係者だけでなく、日ごろ農政にあまり関心のないメディアまで巻き込み、フィーバーのような状態になった。かつてない大きな変革が起きると多くの人が期待した。
農林部会長に就いてほどなくして、小泉氏は「日本の農業機械や肥料が国際的にみて高い」ことを問題視し始めた。これほどスター性のある政治家が取り組む課題としてはずいぶんマニアックだと感じた人もいただろう。だが、資材問題の先にある改革のターゲットが見えてくるにつれ、改めて話題性が高まった。「農業商社」とも呼ばれる巨大組織、全国農業協同組合連合会(全農)だ。
忘れられた「負けて勝つ」

攻防の最大のヤマ場は2016年11月。全農の資材調達部門の大幅な縮小など、小泉氏と連携していた規制改革推進会議の農業部会が出した提案を受け入れることを、全農がことごとく拒否。数値目標を含む自己改革案を、全農が自らまとめることで決着した。
改革の中身を全農が自分で決めるのを認めた合意内容を受け、多くのメディアは「後退」や「骨抜き」といったニュアンスで報じた。小泉氏が「抵抗勢力」の壁を突破できなかったという後ろ向きの評価だった。その印象は、小泉氏が決着直後に次のように語ったことで、いっそう強まった。
「今回は負けて勝つ、だ」
負けて勝つ――。多くの関係者は「勝」よりも「負」に比重を置いてこの言葉を聞き、「勝」の意味を深く考えようとはしなかった。小泉氏が挑んだ農業改革をめぐる報道はこのときがピークだった。小泉氏が舞台の前面から退くと、潮が引くように関心を失っていった。そして、全農が今年3月に自己改革案を発表したとき、メディアのほとんどはこの言葉を忘れていた。
全農が発表したプランは、予想よりずっと大胆なものだった。肥料の銘柄数の集約やジェネリック農薬の開発、農業機械の共同利用など内容は広範にわたったが、筆者がとくに注目したのが、コメの取引方法の見直しだった。主食米の買い取り比率を70%に増やし、直接販売の比率を90%まで高めると宣言したのだ。今回はこのことの意味を改めて考えてみたい。
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