そこには、経営があった

 自ら体で覚えた農業経営論から、戦前の地主制度の再評価まで、沢浦氏の考え方を正面から伝える機会を設けたいと思っていた。インタビューで沢浦氏も指摘しているように、「戦前の地主」と言うと、小作人を搾取したという悪いイメージしか思い浮かばない人が多いかもしれない。だが、沢浦氏は、「そこには経営があった」と指摘する。

 敗戦をきっかけに、戦前の日本社会の様々な仕組みや価値観が否定された。その1つが地主制度であり、農地解放は農政にとどまらず、戦後の社会政策の輝かしい成果と受け止められてきた。

 その意義に疑問を投げかけるとすれば、たいていは「たくさんの小規模な自作農を生んだ」「だから、農業の経営規模の拡大が進まなくなった」という視点にとどまる。地主を否定し、小作農を自作農に引き上げたのは疑問の余地のない正義であって、地主制の意義を再評価する声を聞くことは少ない。

 このインタビューをしながら、旧知の脱サラ農家の言葉を思い出した。

 「農業って、みんなと同じように、ただ黙ってこつこつ努力した人が報われ、評価されるべきだという考え方が強すぎませんか」

 この言葉は聞き方をちょっと変えるだけで、ニュアンスがまったく違って聞こえるだろう。「黙ってこつこつ働く」ことを美徳と考えるのは、必ずしも間違ってはいない。だが、それだけで農業を成り立たせることができる時代でもない。そこに欠けるのはマネジメントであり、地域のリーダーシップだ。おそらくはそれが「企業的なもの」なのだが、このテーマは引き続き考えてみたい。

新たな農の生きる道とは
コメをやめる勇気

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