しかも、たとえこの2つの課題を数年かけてクリアしたとしても、十分な収益をあげるのは生易しいことではない。「トップレベルの生産者がうちの経営陣並みの収入があってもおかしくはない。でも、企業が従業員の給与水準を維持したまま、農業に30~40人送り込んだら、まず成り立たない」。これも偽りのない感想だろう。

 ただし、農業に挑戦したことに何の意味もなかったわけではない。B氏が奮闘していた畑には、新入社員が何人か訪れ、作業を手伝った。彼らは「うちの会社はこんな楽しい会社なんだ」と喜んだという。採算ベースに乗せることには失敗したが、食品を扱う会社として、社員が農業のすばらしさを知ったことはささやかだが大切な経験だろう。

自ら運営して無駄を知り、減らす

 最後になるが、そもそもなぜA社は農業に参入したのか。A社はそれなりのボリュームの食品を扱っている企業であり、農業子会社を生産拠点の柱に育てようと考えていたわけではない。自社の畑でつくった作物で品ぞろえを満たすのは事実上、不可能だ。

 そうではなく、A社の狙いは、農業のコスト構造を知ることにあった。もっと具体的に言えば、自ら農場を運営して作業の実情を知ることで、無駄な仕事や経費を減らすことを仕入れ先の生産者に提案できるという思惑があった。生産者は当然、売り先のA社に「もっと高く買ってほしい」と訴える。これに対し、A社は消費者にもっと安く提供できるための工夫が必要だと考えていた。

 5年間の農業参入を通し、A社はそれが外から思うほど簡単ではないことを知った。そして取材に際し、B氏の語り口からは、農家へのリスペクトが十分に伝わってきた。既存の農業には効率化の余地は当然あるが、企業がやったから一朝一夕に解決できる問題でもない。

 教訓は重い。それを踏まえたうえで、農産物をつくる側と売る側が利益を分かち合い、持続可能なビジネスを構築するためのきっかけになるのなら、農業参入は無駄ではなかったと言えるだろう。

新刊! 新たな農の生きる道とは
コメをやめる勇気

兼業農家の急減、止まらない高齢化――。再生のために減反廃止、農協改革などの農政転換が図られているが、コメを前提としていては問題解決は不可能だ。新たな農業の生きる道を、日経ビジネスオンライン『ニッポン農業生き残りのヒント』著者が正面から問う。

日本経済新聞出版社刊 2015年1月16日発売

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

春割実施中