「もう親会社には戻ることはないだろう。農業に骨をうずめよう。そのくらいの気持ちでやりました。生産がうまくいけば、親会社にいたときより、収入が増えるだろうと期待してました」。撤退から2年余りがすぎ、いまは親会社に戻って働いているB氏は当時をふり返りながら「甘い考えでした」と語った。

「甘い考え」と「教え下手」と

 農業に参入してすぐ、B氏はそのことに気づかされた。「きついなあ」。農作業を始めると、真っ先にそう思った。B氏を指導するため、提携した生産者グループから2人の農家が応援に来てくれていた。「こんな炎天下でよくやるなあ」。2人のベテラン農家の働きぶりをみたときの率直な感想だった。

 もちろん、作物の生産計画も2人の農家につくってもらったが、「何が起きているのかわからなかった」。2人の農家と会話していても、その内容がわからない。「どこまでがんばれば休憩できるのかもわからない」。B氏に当時のことを聞くと、「わからなかった」という言葉が度々口をついて出た。

 2人の農家との関係がぎくしゃくしていたわけではない。農業の専門用語を知らなかったという事情はある。だがそれ以上に、2人の農家が人を指導することに慣れていなかった面が大きい。農家自身もそのことを自覚していて、「自分たちは教えるのが下手なので、目で盗んでほしい」と話していたという。

 これは、家族経営のなかで親から子へと技術をつないできた農業の構造的な問題とも言えるが、ここでは踏み込まない。そんな状況でもB氏は懸命に農作業に向き合い、1年ほどたったころには体のきつさもなくなっていた。

 そうやって迎えた2年目、B氏は新たな課題に直面する。自分では1年目に教えられた通りにやっているつもりだった。作業日誌もつけていた。「あれ、うまくいかない」「どうして作物が傷んでしまうんだろう」。2年目は雨不足の猛暑になり、冬には大雪が降った。農業は天候次第と言えばそれまでだが、たった1年の経験で乗り切れるほど甘くはないのだ。