心理的、時間的な余裕が生み出したもの

 長嶋さんは、トマトの木の健康を保つため、2年に1回は消毒すべきだと思っている。ところが、これまでは収穫作業などが遅れたために、翌年の作付けを優先し、4、5年消毒しないこともあった。今年は消毒作業に回す時間のゆとりができたことで、「この時期、気持ちがすごく楽になりました」。

 「トマトの木に張りつく」時間を減らすことができるようになったことのプラスの影響はほかにもある。苗を買わず、自分で作ることができたのだ。これまで苗の購入にかかっていた費用はおよそ100万円。今年タネの購入にあてた20万円弱を差し引いても、十分おつりが来る計算だ。

トマトの収量が安定し、時間に余裕ができた(宇都宮市)
トマトの収量が安定し、時間に余裕ができた(宇都宮市)

 ここで素朴な疑問がわく。苗はそんなに簡単に作ることができるのか。トマトなどの作物は育苗に際し、病気に強い品種の苗の上に味のいい品種の苗をくっつける「接木」という技術を使う。長嶋さんはこの技術に3年ほど前から挑戦していた。そして、ゼロアグリで時間的に余裕ができた今年、「ちょっとしたかけ」に出た。苗を全量、自主生産に切り替えたのだ。

 去年は接木がうまくいかない苗が多かったが、今年はほとんど廃棄せずにすんだという。「心理的な余裕と時間的な余裕」ができたことに加え、育苗専用のスペースを設けたことも効果を発揮した。

 これが、冒頭で紹介したカラオケボックスの「正体」だ。

 廃業した近くの直売所が物置代わりに使っていたものを、育苗ハウスに改造した。カラオケボックスを選んだのは、防音材が断熱効果も生むと考えたからだ。エアコンを使い、昼は24度、夜は18度に室温を保っている。苗を照らすLED(発光ダイオード)照明は中国のネット通販サイト、アリババを通し、植物工場専用のものを輸入した。室内環境を制御する壁に付けたマイコンは、コンピューターに詳しい長嶋さんが自ら作ったものだ。

育苗ハウスのLEDはアリババで輸入した(宇都宮市)
育苗ハウスのLEDはアリババで輸入した(宇都宮市)

 小屋を建てた当初、近所の人から「何やってるの」と怪訝な目で見られたという。当然だろう。窓からLEDの光が漏れる「ミニ植物工場」を、自作できる農家などまずいないからだ。しかも外観はカラオケボックスだ。

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