記者の仕事を長年やっていると、迷ったときや、何か新しい事態に直面したとき、意見を聞くことのできる相手を見つけておくことがいかに大切かがわかる。期待しているのは、専門領域外のことでも、自分のやっていることに照らして何らかの見解を示してくれることだ。ときとして、そういう意見のほうが当事者の声より参考になったりする。

 有機農家の久松達央さんも筆者にとってそうした「ご意見番」の1人だ。農業の世界では有名な人なので簡単に説明すると、1998年に脱サラし、99年に茨城県土浦市で就農した。複数のスタッフを抱えて株式会社の形で農場を経営し、野菜を消費者に宅配し、レストランに直売している。

 今回、改めて久松さんにインタビューしたのは、植物工場のことが念頭にあったからだ。最近、植物工場の可能性と限界について取材してきたが、制度的な課題として浮かびあがったのが、「コンクリートを敷いたら農地として認めない」という農地法の問題だった。農地でなければ、住宅地などに分類され、固定資産税の負担が跳ね上がる。

 久松さんはこの問題をどう受け止めているのか。農薬も化学肥料も使わず、土作りにこだわる有機農家のイメージからすれば、「農地にコンクリを敷くなど言語道断」と言いそうなところだろう。だが、久松さんに意見を求めると、予想外の答えが返ってきた。

 植物工場の可能性と有機農業の意義という、ふつうは両立しえないテーマで久松さんにインタビューした。

不可逆なのはコンクリだけではない

農地にコンクリを敷き、植物工場を建てることに根強い反対があります。

久松:コンクリを敷いてしまうと農地に戻すことが難しく、不可逆なので慎重であるべきだというロジックです。僕も昔なら素直にそう思ったでしょう。

 なぜ、いま必ずしもそう思っていないかと言うと、農業は他にも不可逆なことをいっぱいやっているからです。この辺りに以前、よくわからない業者がやって来て、「ギンナンはいいですよ。何の管理も要らず、秋に拾うだけ。楽ですよ」と言って苗木を売っていきました。言いなりのままに植えて、そのまま放置した農家がたくさんいます。

 昔は養蚕も盛んで、みんな桑の木を植えました。養蚕がダメになったとき、後々のことを考える人はお金をかけて抜根しました。でも、「金を出したくない」という人もいっぱいいて、村に重機を入れて抜く話は立ち消えになりました。いまとなっては、畑にするのに当時の何十倍もお金がかかります。

 不可逆性を論点にするなら、コンクリを敷くことが特別なこととは思えないんです。「けしからん」と言う人は、現場のことをわかってないと思います。

「小さい農業の面白さがある」と話す久松達央さん(茨城県土浦市)