そこで愚問と知りつつあえて聞いてみた。「営業は向いていると思いますか」。田中さんは「ぼくは向いてません」と答えたあと、こう言い直した。

 「人前でわあっとしゃべれる山田社長と違って、初対面だと緊張しますよね。でも、向いてるとか向いていないとか、好きとかそうじゃないとか、そんなの関係ないです。足を踏み込んだ以上、前に進んでいくしかないんです」

「不安」の先へ

 田中さんはこのあと、「畑に出たときと同じ」とも語った。独立して畑で作業を始めたころ、炎天下で雑草を抜くときも、水をまくときも、つい妥協しそうになる自分に負けないようになった。「それが今度は営業になっただけです」。それが経営というものだろう。

 ここでつけ加えておくと、田中さんは古巣のこと京都との取引をやめるつもりはない。売り上げや利益の面では直接販売に届かないが、契約した分を確実に引き取ってもらえる安心感は、経営上、大きなメリットになる。両者のバランスをとりながら、売り上げを5億円まで増やすのが当面の目標という。

 もちろん、軽い気持ちで達成できる数字ではない。インタビューの最後に、田中さんは「重圧があります。毎日不安ですよ」とも話した。ネギが倒れはしないか。売り先に契約した量を収穫できるか。従業員にちゃんと給料を出せるか。夜寝る前に、ふとそんなことが頭をよぎる。「山田社長のやってきたことが、ようやくわかってきたんです」。

 以上が、独立して3年が過ぎた田中さんに関する報告だ。自然や植物が好きだから、農業を始めるという人は多い。だが、売り上げが増え、人を雇い、リスクと責任を負うようになると、違った風景が見えてくる。「経営する不安」というサラリーマン時代にはなかった緊張感のなかで、田中さんはこれから何をつかみとっていくのか。機会をあらためてまたご紹介したい。

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