とくに重要なのが営業だ。ネギをつくったあと、こと京都などに出荷するだけではなく、直接飲食店に売るから、大勢の従業員を雇うだけの利益を出せる。今秋には、出荷のための作業所の横に加工場をつくり、自らネギをカットしてから販売することも計画している。これで利幅はさらに大きくなる。

栽培から営業へ

 こと京都にいたときは栽培の担当で、営業をしたことはなかった。はじめの一歩は去年の10月に踏み出した。ラーメン店の雑誌を手に、事前のアポイントメントなしで名古屋を訪ねた。早朝や深夜など客のいない時間を見計らい、2泊して約40軒を飛び込み営業した。

 「京都から来ました。もしよければ、サンプルを送らせていただきます」。こう言ってラーメン店を回り、好感触を得たのが2軒。京都に戻るとすぐサンプルを送り、契約に成功した。「うれしかったとしか言いようがないんですけど、まあ必死でしたよね」。

 アポなしで営業して2軒も契約をとれた理由は2つある。味がいいのは前提。もう1つは、売り先のラーメン店が京都の九条ネギに対して漠然と抱いていたイメージより、値段が安かったことだ。地元の京都ではなく、まず名古屋を選んだ理由はそこにある。

 その後、大阪で開かれた食品展示会に出品して8軒増えたことではずみがつき、いまや売り先は40軒以上になった。手書きで伝票を処理するのは量的に難しくなり、パソコンを使うようになった。

 ちなみに、古巣のこと京都を率いる山田敏之さんに会うと、あえて表現すれば「吉本風」というか快活で、いかにも営業が得意そうな印象を受ける。一方、田中さんはどちらかというと物静かで、立て板に水でセールストークが飛び出すような印象は受けない。

パソコンを導入し、使わなくなった紙の伝票。営業努力の結晶だ(京都府亀岡市)