今回のテーマは「下から目線」のイノベーションだ。
「農業の技術革新」という言葉を聞いて、何を連想するだろうか。人が植えない、人が管理しない、人が収穫しない、人が運ばない。そして、人が見ない。AI(人工知能)やIT(情報技術)の農業への応用という言い方は、「無人化」を究極の目標とする発想が暗黙の了解になっている。
結論から言えば、工場型の農産物の生産と比べると、稲作は当分の間、無人化できる範囲は限られるだろう。葉物野菜を工場で作るのと違い、田んぼはコントロール不能な環境の変数が多すぎるからだ。だがそれは、決して稲作の後進性を示しているわけではない。
言うまでもなく、高齢農家の大量リタイアによる農地の集約という構造変化は、生産の仕組みにも変革を迫る。カギを握るのは技術革新。問題は、その技術を誰がどうやって生み出すかにある。商機を狙い、農機をはじめとする各種メーカー、ベンチャー企業などが開発を競っている。
そこで素朴な疑問がわく。農家が自ら新しい技術を開発することはできないのだろうか。「現場の課題」をメーカーに伝えることで、農家は当然、開発に貢献できる。だが、農家主導の開発はあり得ないのだろうか。この問いに答えを出そうとしているのが、各地の有力なコメ農家が2016年に設立した研究ベンチャー、農匠ナビ(東京都千代田区)だ。
農匠ナビが九州大学と開発した水田の自動給水機については、少し前にこの連載で紹介した(4月6日「現場発『地味な発明こそ、農業を救う』)。
農匠ナビが開発した自動給水機。一見、ローテクに見えるが…(茨城県龍ケ崎市)
田んぼの水管理をいかに省力化するかは急激に大規模化が進む稲作の大きな課題だ。ところが、日本の水田の水利用のほとんどはパイプラインではなく、上がむき出しの開水路を使っている。シャッター方式で水の流出入を制御しようとしても、用水に落ちた稲わらや砂利が邪魔してシャッターが閉まりにくくなる。
農匠ナビはこの難題を解決するため、田んぼと水路をつなぐ短いホースを上下させることで、水の流出入をコントロールすることにした。イメージは日本庭園の「ししおどし」。ホースを下げると田んぼに水が入り、上げると田んぼに入らず、用水路の中を素通りする。ホースの上げ下げはセンサーで自動制御するが、水位の下限と上限をあらかじめ決めておくのは農家だ。
「なんとローテクな」と思うかもしれないが、「ししおどし」方式にすることで、稲わらや砂利が水の流入を邪魔するのを防ぐことを可能にした。日本中の用水路をみんなパイプラインにすることができるなら、もっとスマートにシャッター式で制御すればいいだろう。だが、その資金を誰が負担するのか。現にある水田の状況を前提にすれば、「ハイテク」に見えるかどうかが問題なのではなく、現実に使えるものかどうかが重要だということに気づく。
というわけで、現場で機械がどのように使われているのかを確認することが、取材のテーマになる。その機会が6月16日に訪れた。農匠ナビの社長、横田修一氏が運営する「横田農場」(茨城県龍ケ崎市)で見学会が開かれた。
現場の目線でイノベーションを目指す横田修一氏(茨城県龍ケ崎市)
田植えの真っ最中の横田農場は面積が約140ヘクタールと、日本の田んぼの平均をはるかに上回る広大な農場だ。その田んぼの間の農道を横田氏の引率で記者団が進んでいくと、試作中の自動給水機が見えてきた。
確かにそれは、手作り感が前面に出た機械だった。金属製の四角い箱が田んぼのへりに刺さっていて、くりぬいた箱の真ん中に「ししおどし」のホースが釣り下げられている。ホースは斜めに上を向いているので、給水はしていない状態だ。見学会だからといって、無理に水を入れたりしないのは、そこが実際に営農している田んぼだからだ。研究用の圃場ではない。
専門記者から出てきた感想の重み
もし集まったのが、農業のことをよく知らない記者ばかりだったら、このシンプルな機械を見て、ちょっとがっかりしたかもしれない。だが、この日田んぼに足を運んだのは、農業が専門の記者が中心だ。知人のフリージャーナリストも自動給水機の説明を聞きながら、「やっぱりこういうのが、地に足がついていていいね」と感心していた。
「デジタルだと格好良く感じるかもしれない。でも、ぼくら農家が目で見た感覚で水位を合わせることができるのが重要」
現場で横田氏が語った言葉だ。何気ないセリフに聞こえるかもしれないが、あえて自分たちのやっていることは「アナログ的」だと受け止められかねないこの表現は、「そうでなければならない」という強い確信が背景にある。
なぜか。これに関連し、九州大学の南石晃明教授は「水面は鏡のように平らではない」と説明した。水の下の土の高低が一様でないだけでなく、場所によっては土が水面に出ている可能性もあるからだ。
九州大の南石晃明教授は「現場で使える技術の開発」に徹してきた(茨城県龍ケ崎市)
横田氏は「あそこに土が見えているから、今よりもっと水位を上げるべきだと判断する」とも話していた。それはセンサーにできることではない。工場と違い、環境を均一にするのが難しい水田で、1カ所にセンサーを入れても田んぼ全体の状況を把握するのは不可能だからだ。
こういう説明を聞きながら、改めて給水機を見ると、上のほうにスマホがくっついていることに気がついた。スマホには粘着テープが貼ってあり、これまた手作り感満載だった。南石氏によると、このスマホで田んぼの様子を写真に撮り、サーバーを経由して画像を1時間ごとに自動送信しているのだという。南石氏のスマホを見せてもらうと、稲と水面の様子が写っていた。
自動給水機からスマホに送られてきた画像。田んぼの様子がわかる(茨城県龍ケ崎市)
これも田んぼの特性をもとにしたアイデアだ。例えば、センサーで測ると水位はゼロ、つまり土の高さまで水が引いたと判定するかもしれないが、実際には土がほとんど乾いていたり、逆に水を十分含んでいたりすることがあり得る。センサーの情報を画像で補足することで、両者の違いを把握する。
画像分析で水田状況の自動判定も視野に
こうして蓄積した画像情報をAI(人工知能)で分析することで、将来的に水田の状況を自動で判定できるようにすることも視野に入れている。見た目はアナログでも、最新のテクノロジーを無視しているわけではない。それどころか、すでに実現している仕組みでも、関連特許を6件出願済みだ。だがこの先開発が進んでも、農家が数日に1回は田んぼに行くことを前提に考えている。南石氏は「我々は農家がまったく田んぼに行かなくなるようになることを目指してはいない」と強調する。
少し心配なのは、今回の内容に対し、読者が「旧態依然で非合理的な日本の農業を擁護している」と感じてしまうことだ。新しい技術を積極的に取り入れ、農作業を効率化すべきなのは当然。だが、稲作の現実を考えれば当面の間、作業者の熟練を前提に考えることが最も合理的だと思えてならないのだ。
事前にどんなに田んぼの中を均平にしておいても、1回の台風、1回の長雨で水の中の土に若干の高低差が生じてしまうだろう。工場の中で育てるわけではないので、予想外の病気が発生してしまう可能性もある。天候次第で水のやり方を変える必要も出てくるだろう。
理想は作業員の熟練を前提とした機械開発
目まぐるしく変わる栽培状況のことを考えれば、人が自分の目で状況の微妙な変化を察知し、機動的に対応することがどうしても不可欠になる。むしろ、熟練の作業員が最も合理的に作業できるように、新しいテクノロジーを駆使した機械を開発していくべきだと思う。それをやりながら漸進的に、匠の技を機械に移行させることを考えていったほうがいいのではないか。
物事を一歩引いて俯瞰することを、「鳥の目線」などと表現したりする。それとの対比で考えれば、「カエルの目線」とでも言うべきか。田んぼで起きる様々な変化を間近に見て鋭敏に察知する技量をもって、AIを活用した機械を使いこなす。近未来を想像しても、それが理想の姿だと思う。
横田農場で見つかったオタマジャクシ。もう少しでカエルになる(茨城県龍ケ崎市)
これは自然をコントロールすることの難しさを映す半面、人が自然を理解し、適応する可能性をも示している。この連載で最近、日本の食料の生産基盤が崩壊する懸念を指摘してきたが、一部の例外を除けば、田畑を守るのは人だ。人が農業を続け、食料の供給力を維持するためのモチベーションになるのは、必ずしも簡単にできるということだけではないだろう。
ちなみに、見学会では自動給水機を使ってみた農家へのアンケート結果も公表していた。「水管理の省力化の効果を感じている農家」が75%を占めているなど、現場目線で作った機械が一定の評価を受けていることがわかったが、面白かったのは、「設置の容易性」。「簡単」が50%で、「やや簡単」が10%強という評価もさることながら、農匠ナビのメンバーが自動給水機を農家が自ら設置することを前提にしていることが、浮き彫りになったからだ。業者に手数料を払って設置してもらうのではなく、農家が自分でできるようにする。そこまで徹底した現場目線に、いい意味でおかしみを感じた。
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