なぜ子どもがにらんでいたのか最初はわからなかったが、そのとき撮った写真をあとで見て、気がついたことがある。耕作をやめた田んぼにもかかわらず、雑草が刈ってあったのだ。近くに農地のない孤立した場所の田んぼなので、雑草の種が周囲に飛ぶことを心配しているわけではないだろう。おそらくは、たとえ耕作を諦めていても、代々受け継いだ田んぼが荒れ放題になるのに耐えられなかったのではないか。

 そういう複雑な思いのこもった田んぼを、見ず知らずの人間がパシャパシャ写真に撮っている。子ども心にその様子を黙って見ていられなかったのだろう。そのときの子どもの険しい表情を思い返すと、今も何とも言えない気持ちになる。だが、コメを作らなくなった田んぼの雑草をきれいに刈り取る努力も、いずれは途絶える。そして雑草が生い茂り、雑木が生え、自然に帰っていく。そういうことが、いま日本中で起きている。

耕作放棄地。雑草が生い茂っている

主な食料生産国が不作に見舞われたら

 ここで改めて世界に目を向けてみよう。もし、食料の主要な生産国が天候不順で不作に見舞われたらどうなるか。世界はそれを2007年から08年にかけて経験した。黒海沿岸の干ばつや欧州の長雨、オーストラリアの干ばつなどの影響で小麦の生産が落ち込み、影響は他の穀物にも拡大。08年の小麦とトウモロコシの国際価格は06年の2倍に跳ね上がった。

 しかも重要なのは、作況だけの影響で高騰したわけではないという点だ。2001年の世界貿易機関(WTO)加盟をきっかけに中国が爆発的な成長過程に入り、油や飼料に使う大豆の輸入が急増していた。米国はトウモロコシを政策的にバイオ燃料に回していた。そこに不作が重なり、国際的な穀物相場に投機マネーが流入して高騰を増幅させた。穀物の輸出規制が各国に広がり、アフリカやアジアの途上国で食品価格の上昇を受けて暴動が起きた。

 これが食料問題の難しさだ。中期的に見て、あるいは国際的に見て需給がバランスしていても、ある瞬間、局地的に不足しただけで社会をパニックに陥れる。輸出国が天候不順で国内のフードセキュリティーを重視して禁輸すればそのリスクが顕在化し、世界のフードセキュリティーを脅かす。

 日本も、2011年の東日本大震災で起きたことを思い出せば、食料問題の難しさを理解できるだろう。コメやパンの流通が滞る懸念がちょっと浮上しただけで、消費者が買いだめに走ってコンビニやスーパーの店頭から多くの食品が姿を消した。食料はならしてみて過不足ないという状態では社会の安定を保つことができない。常に余裕があって初めてそれは可能になる。