3ヘクタールはかなり大規模だったのではないですか。

久枝:そのころ、井関農機が得意としていた1ヘクタール前後の施設のノウハウは、少し古くなりかけていました。もともと井関農機も、役員がオランダに行き、1ヘクタールの温室をコンピューターで制御しているのを見て、「これは面白い」と思い、日本に導入しました。日本では初めての試みです。

 ところが、カゴメが世羅菜園を立ち上げた2000年ごろには、オランダで技術革新が始まっていました。そこで、私を含めて世羅菜園から2人、カゴメから2人の合計4人で半年間、オランダに勉強に行きました。お金を払って施設で働き、労働力を提供しました。

 4人で別々の農場に行き、1日6時間ぐらい働き、4人で集まって議論しました。その内容を踏まえて、農場で働きながらいろいろ質問しました。そうやって現場を見て、新しい技術を学び、最新の情報を入手しました。

経営者の「知識」が違う

オランダの施設園芸と日本はどう違いましたか。

久枝:その前に、大学時代のことをお話しします。私が学んだ愛媛大学は植物工場に必要な知識を幅広く教えてくれる大学です。光の条件をどうすれば、葉っぱの温度はどうなるのかなど、計算式をもとに温室の中の状況を把握する。機械のことを含め、養液栽培のことを広く学びました。岡山大学の大学院では、収穫ロボットの研究をしました。

 井関農機に入る前に、そういった基礎的なことは勉強していました。そのうえで、井関農機では設備を造る側の理論を学び、自分で図面を描きました。カゴメの世羅菜園はその実践です。

 そこで、オランダです。日本と一番違うと思ったのは、経営者の知識のレベルです。私は大学で環境制御のことを勉強しました。温室の温度を25度にするためには、暖房をどう設定すればいいのか、それをどう計算すればいいのかといったことです。そういうことを、みんな知っているんです。

 当時、日本の施設園芸は「経験と勘」に頼っていたんではないでしょうか。最低温度と最高温度を測り、温風暖房機があり、「こんなもんかな」っていう感じです。じゃあ、大学で習うような知識を持っているかと言うと、そういう人はほとんどいなかったと思います。

 オランダの経営者は違いました。農家を回ると、大学の教科書に載っているレベルの知識はみんな持っていて、それをもとに栽培していました。

オランダのパプリカ農場を走る自動運搬車