もともと一人旅が好きで、地方を回っているうち、駅前がどこも似たような町並みになっていると感じるようになった。地方の歴史や文化が失われつつあるためだ。「どこも『東京化』している」。地元の人にとっては、駅前を活性化するためなのかもしれない。だが、そんな光景を江藤さんは寂しいと感じた。

 農業の世界へと背中を押したもう一つのきっかけは、子どものころの思い出だった。父親が庭で野菜を育てていて、自分もそれを手伝ったことがあった。「楽しかったなあ」。植物を育てる喜びを思い出しながら、農業こそ、失われた地方の風景を取りもどす近道だと思うようになった。

「じゃあ、うちのをやってみてよ」

 そして、転機が訪れる。いきなり就農するのは難しいと思い、地元の東京都瑞穂町の西村園を訪ねた。茶葉の栽培から製茶までを手がける西村園で、アルバイトをしようと思ったのだ。

 面接では、経営主の西村一彦さんから以前どんな仕事をしていたのかを聞かれた。ここまでは通常のアルバイトの採用手続きと同じ。だが、江藤さんが「デザインの仕事」と答えると、西村さんから意外な言葉が返ってきた。「じゃあ、うちのをやってみてよ」。

 製茶場で働きながら、西村園のロゴマークを考える日々が始まった。江藤さんがまず感じたのは、予想と違い、茶の栽培から製茶まで工業化されていたことだった。茶を刈るのも機械で、製品のお茶にするのも機械。どうやって、こういう経営の形になったのか。西村さんに目の前の疑問をぶつけていった。1日に3~4時間話し込むこともあった。

 こうして完成したのが、西村園のロゴマーク(デザイン①)だ。2008年のことだ。西村さんにいろいろと質問したことは、デザインに反映されているのだろうか。そう聞くと、答えは「めちゃくちゃ反映してます」。

デザイン①「西村園」
デザイン①「西村園」

 「製茶の機械は、かつての手もみの作業をそのまま機械に落とし込んだんだと教えてくれました。職人さんの手の動きを機械化したんです。機械を使ってはいても、人がやっているのと同じようにお茶がつくられている。それを表現しないと、伝わらないと思いました」

 あらためて西村園のロゴマークをみると、緑の葉っぱが手のひらのような形をしていることがわかるだろう。事務所に勤めていたときは、営業から「こういうのをつくって」と頼まれ、デザインを考えていた。西村さんとの出会いで、デザインとべつの形で向き合うことができるようになった。

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