畑のほうも当初は苦戦した。はじめは「固定種、無農薬、無肥料」の3つを条件に栽培を始めていた。つまり、有機肥料さえ使っていなかった。寺尾さんの研修先のうち、そういう作り方をしている農場の野菜が一番おいしかったからだ。ところが研修先ではうまくできていたのに、自分でやってみると「見たことがないようなことが起きた」。野菜がたくさん枯れてしまったのだ。

 「めちゃくちゃ危機感を持った」という寺尾さんは、悩みながらも自分のこだわりを捨てることにした。「一から勉強し直して、肥料をやってみよう」。寺尾さんはそのとき、次のように思ったという。

 「肥料をやるかやらないかなんて人間の側の話で、野菜には関係がない。野菜が肥料を欲しがっているなら、あげればいい」

店名に込めた決意

 まず取り組んだのは土作りだ。畑に堆肥を入れるなど、土作りを始めた時点で、肥料を使うことさえ否定する自然農法からは逸脱する。だがその結果、野菜が見違えるほど元気に育つようになった。野菜が元気になると、病害虫への抵抗力も増した。「もっと出してくれ」というレストランからのリクエストに、ようやく応えられるようになった。

 今回はここまで。最後に、冒頭で紹介した松濤のレストランに戻ると、店内の仕切りやカウンターは畑で使うケースを積み上げて作ったものだ。壁に掲げたオブジェは畑のスコップ。それらが違和感なく、とても洗練された空間を作り出し、顧客はそこでボリュームたっぷりの野菜のメニューを楽しむ。2人の取り組みを聞いたうえで店内をながめると、「WE ARE THE FARM」という店名に込めた決意が浮かびあがる。

壁に掲げたスコップのオブジェ(東京・松濤の「WE ARE THE FARM」)

 「食を通して社会に対して何かできないか」という思いから出発した2人は自分たちが大切にする価値を、「おいしさ」をキーワードに顧客に伝えるナローパスをたくみにつないで見せた。もちろん、事業を軌道に乗せるための方法は千差万別で、2人の真似をすればうまくいくわけではない。2人の挑戦がどこまで発展するかもまだ未知数だ。だが、「農業が好きだ」という思いだけで就農して売り先に困ったり、「農業はもうからない」とこぼしながら他にあてがなく長年続けたりするだけが農業の現実ではない。2人の取り組みに農業の新たな可能性を感じた取材だった。